糸山先生の伝説の…最後のワンゼミ(長野県の南箕輪にて)でのメモです
糸山先生が旅立ってちょうど1年が経ちました

まだまだ教えていただきたいこと、
相談したいことが山ほどあって、
むしろ、次から次へと目の前に積み重なっているのに


今日は
お願いして寄せていただいた卒業手記のひとつを紹介したいと思います
きっと、私の言葉よりも、
実際の体験者の言葉の方が身近に感じられて、共感したり、納得したりできるのではないかと思います
どうか皆さんも、これからの方々のために、力を貸してください

この小学校6年間で、宿題交渉から始まりタブレット学習や多岐にわたり担任、教頭、校長と面談し、ずいぶん母は強くなり息子も成長しました。
そして息子は中1になり、宿題なし、ゲームなし、スマホなしといった周りの友達とは違う環境を肯定しているなと感じます。
息子が生まれ、通園は出来ませんでしたが、
さくらさくらんぼ保育に出会いました。家庭でもそのように育てました。小学校入学はコロナ元年でした。入学して6月半ばまでは全国一斉休校で登校できず、やっと登校できたと思ったら暑い中マスク着用で学校にいっても喋ってはいけません、ソーシャルディスタンスをとって下さい等とコミュニケーションを制限されつらい日々でした。そんな中、息子の支えは給食でした。今日もおいしかった!と元気に帰ってきてくれました。小学校で、初めてひらがなや数字を習い楽しそうでした。
その頃ネットで絵を描いている写真を見かけ、それがどんぐり問題でした。面白そうだなぁと思って小1の秋から始めました。どんぐり問題は、月に1問2問取り組めばいいと書かれていたブログを読み、のんびりのんびりやっていました。週に2問取り組むとよいと知ったのは、小2になってからです。今となっては、もう少し問数をやっておけたらよかったなと思います。
小3になり友達の家でゲームをやっていた日々がありました。その頃のどんぐりの絵が、乱雑で。夫とも何故こんな絵なんだろうとよく話していました。
それで、
泉先生に添削をお願いしました。
オンラインで問題文の最初、
サンタさんが、と先生が読み止めたのです。
うちでは、
一文を全部読み上げていて、それを全部覚えて描かないといけないと思いやっていたので驚きました。
なんでサンタさんが、で止めたのですかと先生に尋ねると、
サンタさんを描きたいかなと思って、という返事でした。
親の不勉強で子に大変な事を強いらせてしまっていたんだ。もっとゆっくり、やさしくでいいんだと分かりました。どんぐり学舎に通えたらなぁ、子どもはもっと楽しんでできるんだろうな。なんとか一度でもどんぐり学舎に連れて行ってあげたいという思いから、ときどきどんぐりで学舎に行くことができました。行くまでは大変ですが、泉先生に会えてよかったです。子ども達も最初からさとちゃん優しかった!楽しかった!とまるで遊びにきたかのように楽しんでいました。
小4になり、
何回か、友達の家でゲームするらしいから行ってもいい?いいよ。なるべく外で遊ぶようにねという会話もありましたが、今日はみんな〇〇の家でゲームするらしいから、自分は帰ってきたといって弟と遊んだり、外遊びできる相手なら年上年下男女問わず探して公園で鬼ごっこやボール遊びをして過ごしていました。
小5小6になると、
6時間授業が増え帰ってくるとおやつも食べずに公園に遊びに行っていました。周りは塾や習いごとで忙しい子が多かったです。同学年の1割以上の子が中学受験をし合格、別の中学校に通っています。うちはどんぐりだけでしたが、とくに勉強が出来なくてわからないということもなく、むしろ授業も面白そうに楽しんでいる印象でした。
小5小6になり、ぐっと、じっくり、楽しくどんぐり問題を解くようになりました。学校の学習も楽しんでいました。
中学生になり遊ぶ時間はへりましたが、中学校の学習や部活を公園で鬼ごっこして遊んでいるように楽しんでいます。いっぱい遊んでいたから、今も楽しめる、がんばれると息子が言っていました。
週3回以上塾に通う子が多い中、どこまでついていけるかわかりませんが、これからも新しい学問を楽しんでいってほしいなと思います。
小6のための英語準備講座どんぐりっしゅについて 中学生になりほぼ6時間授業でその後部活、帰宅してから中学校の宿題、DKオンラインとめまぐるしくやることがあり、大好きな本を読む時間もないぐらいです。そんな中、英語もすごいスピードで授業が進んでいます。どんぐりっしゅをやっておいてよかったね、と親子で言っています。小学生の時間がある時にゆっくり取り組めたこと、泉先生の優しい声と丁寧な解説、添削に大変助かっています。ありがとうございます。これからもDKオンライン、よろしくお願いします。


県外からときどきどんぐり学舎に来てくださっていて、中学生になったお子さんとは郵便のやりとりでDK講座を進めています

手記を拝読し、最初の時、「サンタさんが」で読むのを止めた、ということがそんなに印象的だったのか、と驚きました(嬉しい驚き!)
月に1問か2問、とどこかに書いてあったのを信じていたら、週に2問だった、とあとで気づいたことも、ああ、そういうこともあるかもしれない、と
今は、いろいろな方法でどんぐり問題を使っている教室があるようですし…

私が、仕事のために糸山先生の元で勉強し、わが子にどんぐり問題を実験的に取り入れた頃、私の他にどんぐり実践をしている人を誰も知らなかったので、全ては糸山先生に直接教えていただいていました
進め方、読み方、ペース配分
細かいところはその子の特性にもよるところはあります
糸山先生はその全てを著書に遺しているので、それが「基本原則」であることに間違いありません
でも、糸山先生は個々の子供たちをよく、よーく見ていました
遠いところの私の子どもや生徒さんを見ることはできません
だから、私の目を通して見てくださっていたのだと思います
ありとあらゆるケースについて過去ログから探し、それについて質問すると、
結局、基本原則に戻るのです
それには原因がある
子どもには原因はない
そのように育てたからそうなっただけ、と
また、私の質問の仕方からも、私の未熟さを見抜いてくださるのです

糸山先生の分析はいつも、そして、著書にある「基本原則」はいつも、
まさにその通りでした

「こういうの(絵で解くどんぐり)が合う子もいるけど、合わない子もいますよね」
とある保護者に言われたことがあります
そんなことはないんです
どんぐり問題はそんなものではないんです
絵を描いて解けなければ、視覚イメージが再現できず、操作もできない、ということ
それは全科目に影響すること
これからの勉強を全て「丸暗記」でやっていくしかなくなる、ということになります

絵はその子によって違います
手本の絵があるわけではなく、
このような絵が理想的、というモデルもありません
ただただ、
その子が自分で視覚イメージを再現している、そしてそれを操作している
それができているかどうかだけが確認事項です

だから教えることはないんです
再現できる状態の脳であるか
気持ちであるか

それだけが、指導者、親の確認すべき、省みるべき、重要事項なのです

このお子さんとのやりとりは今も続いているので、
御両親がこれまで丁寧に環境設定し、暮らし方、言葉を選び、一緒に過ごしてきた日々が、こんな風に形になっていくんだな、とまさに目撃しているところです

たとえば中学英語準備講座(6年生の後半から郵便のやりとりで実施しています)では、
私が音声解説をつけているのですが、
それを聞いて、私が書いている解説書もおそらく、この子には音声と同じように伝わっているのでは
解説書はいつも癖で語りかけるような口調で書いてしまうので、
きっと、それを読んで声を脳内再生してくれているのでしょう
当たり前のような、会話のようなやりとりで、この子からの質問も貼ってあり、
私はその質問を見て、
ああ、ここで少し気になることがあったんだな、これが不思議なんだな、とわかるのです

初めて出会う外国語の文法に戸惑う小学生と、ゆっくりと学んできたつもりです
書いてくださっているように、中学校に入るとすごいスピードでスタートダッシュされるので

言語だからやっぱり対話が大事だと思って教材を作ってみたけれど、
全員が全員、会話として、私からのメッセージを受けとってくれているわけでもなく、
「ああ、こなさなきゃいけない、って思って頑張ってるんだな」と、じっくり考え、私からのメッセージを再生せずにただ解答欄を埋めて返却してくるお子さんもいるので、
そこで、「読み取れる」ことの大事さを考えるのです

中学生の講座は、小学生ほどのんびりしていられないけれど、
塾に週に何日も何時間も行くことを思えば、自宅で自分の決めた時間にぎゅっと取り組めばそんなにたいした量ではありません

それでも、自宅学習を習慣化するのは難しいお子さんや、環境もあり、
やっぱりそれぞれのペースで挑戦してみて、自分にはここまではできる、もっとできる、やっぱり難しい、と、トライ&エラーを繰り返し、自分という人間を知ってほしいのです

全部完璧にするためにあるのではなく、
自分を知るためにこの講座はあるのですから

糸山先生は中学生の勉強についてよく言っていました
以下、過去ログからの引用です

・「公立トップ高校以外の受験はさせない」と宣言し実行する。
・入試の答えは全て目の前(教科書)にある。与えられた時間は等しい。試験問題は同じ。ならば、合否の差は努力と工夫しかない。義務教育は中学で終わる。ならば「努力と工夫」をする気がなければ高校へは行くべきではない。
・高校は「親が子供に行ってもらう所」ではなく「子供が親に行かせて貰う所」です。根本的な勘違いをしているといけないので早急に確認する。
・中1・2の2年間で心構えができればどうにでもなります。

誤解なさらないでください
たとえば「公立トップ高校以外の高校は認めない」のではありません
中学までの9年間の義務教育の集大成が公立高校の入試問題だから、
そこに照準を合わせると自由自在である、という意味です

糸山先生の中学生への指導は「スパルタだよ」とご自身でよく言っていました
講演会の質疑応答で「6年生なんですけど、今からはじめてもどんぐり問題できますか?」という質問に、
6年生は問題数制限がないから「1日2問解けば350日で700問解けるから終えることができる」ときっぱり言っていました

なんだ、それなら
と思うかもしれません
でも、350日、必ず2問解く、というのが可能でしょうか

可能なんです
親ではなく「本人」がその気ならば

私は知っています
中学生で、ある一定期間、睡眠を削って努力して力をつけた子を
定期テスト前になると平日でも5時間、週末は15時間くらい勉強していた子を
「電話帳」(全国高校入試問題集)を解ききった子を
自分の地域の入試問題を10年分解き終えてなお、足りなくて私にもっと以前の過去問を頼んできた子を
朝から晩まで寝食も忘れて勉強ばかりしていた受験生を
何人も知っています
そりゃ、そこまでやれば結果は出ます
でも、その結果がどんぐりの成果ではないし、目標でもない
結果をいえ、と言われたら言えますけど、と糸山先生もよく言っていました
でも、違います
そこまでやれば「どこだって行ける」「なんだってできる」という、それが残るのです
「自信」なのかなんなのか、そういう言葉でも違う気がしますが、
自分の知恵と工夫で、目の前のミッションに本気で立ち向かった「経験」が残るといえばいいのか

いま、
高校の選択肢は多くなりました
広域通信生や単位制も選びやすくなりました
入試が厳しくないから勉強をそんなに頑張っておく必要はないか、とのんびり構えるのは自由ですが、
一生懸命勉強する、目の前のミッション(定期テストとか、入試とか)に本気で立ち向かう、という経験は、いつ、どこでするのでしょう
大人になるまでにそういうチャンスが何回あるでしょう

勉強じゃなくたって、登山だって遠泳だって料理だっていいじゃない、っていう方もいるかもしれません
でも、
私は「勉強」だけは違うと思うんです
「中学生の勉強」だけは

まあ、私が中学校の教科書の内容が、全科目、好きすぎるんですけど(だって全部生活に密着してるし、小学校の内容より少し深くて、私のような凡人にもちょっとだけ専門的な部分が見せてもらえてワクワクするくらいのちょうどいいレベルなんですよ)
でも、中学校までの学習内容が理解できているかどうかは、大人になってからの教養の深さにすごく関わっている、と断言している人もたくさん知っています
別に、教養が深いって評価されなくてもいいの、ってまた反論が出そうですが、教養は誰かにひけらかすため、マウントをとるために必要なのではなくて、自分の人生を豊かに楽しくするために、必要なのです
自分の人生を楽しむために、あった方がよりよいと私は信じています

上記の、
凄まじい努力をして結果を出した生徒たちの共通点は、
「誰にも命じられていない」という点です
塾にも通っていません
親も勉強の「べ」の字も言いません
私は独学支援であり、塾ではありません
彼らが本気で挑むのを、間近で見ていただけです

そんな中学生に、どうしたらなるのだろう?

簡単に言えば、どんぐりだけ
どんぐりの環境設定と、どんぐり問題だけです
どんぐりじゃなくても、ナチュラルにどんぐり的な生活を実践している人に出会ったことは何度かあります
もちろんそれでも大丈夫
だって、糸山先生は特殊で奇抜な方法を編み出したのではないのです
人間に育つために昔は偶然揃っていたさまざまなことが、
今の子どもの周囲にないことを懸念して、研究し、全てを折り込んで開発したのです
どんぐりじゃなきゃダメ、なのではなく、
当たり前に育つための方法を、言語化、具体的に提案しているに過ぎないのです

もういちど、糸山先生の著書や過去ログを読んでください
読むのが大変だ、という人には助けもあります
でも、
読むのも聞くのも相談するのも苦手、っていう場合、
お子さんはそれをまた見ているのよ…とは思います

親が勉強しないのに子どもが勉強するわけなくて

この手記を寄せてくださったお子さんの御両親には、
何度かお会いしていて、
子どもと家族生活を楽しんでいる様子、
子どもの環境を整えようとなさっている様子が
とても印象深いです
とても勉強熱心で、ご自身でよく考えた上で、質問もよく寄せてくださいます
そういうところ、お子さんにそっくりです


こちらこそ、いつもありがとうございます
励みになります
もう少しだけ、私もがんばります
糸山先生が私に伝えてくださった言葉を、みなさんに伝え続けます