
『足型をはめられた子どもたち』
菊池省三さん(教育実践研究家)著
第3章 今風と昔風の学級崩壊 より
これは家庭教育の影響もあるのでしょう。本書を読んでいただいている保護者のみなさんにも、お子さんが小さい頃にこういった経験がおありではないでしょうか。
「お利口にしてて。YouTube見てていいから」
周りに迷惑にはならないようそう言って、外出先出子どもにスマホを渡したご経験が。私はファミレスなどで見かけることがよくあります。その間、親子に会話はなく、お母さんは束の間の自分の時間を楽しむというケースが多いようです。
このことを責める、という話ではありません。ただ、こういった習慣もまた、結果的には新たな「デジタル学級崩壊」を生む温床になっているのです。子どもにとってのデジタル端末は、「相手とのコミュニケーションを閉ざした状態での居場所」となっています。一方、学級崩壊では「教室外に飛び出すくらいなら、それを見ていてもいいから」というツールにもなっています。なぜなら、先生とすれば、周囲の先生にこういった状況を見られるのが、最も恥ずかしいと感じられるからです。
(中略)
このICT教育が活発になったのは、新型コロナウィルスのパンデミックの時代です。もしかしたらこの教育が、私立小学校などの一部の学校では子どもの成長や学力向上に効果を見せているのかもしれません。しかし、全国の子どもたちの98%が通う公立小学校ではうまくいっているとは思えないケースが多いようです。
昔、一緒に勤めていた北九州市の先生が、地域のICT担当になったことがあります。「これは学級づくりにプラスになるの?」と聞いたら即座に「違います」と。同時に「これは絶対に表立って言えないことですが」と前置きし、使ったか使っていないかが重要で、どう使ったかは問われない。ここでも、文部科学省の方針を受けて教育委員会がやると言えば、NOと言えないのです。
北九州市以外にも、このICT教育の難しさを指摘するデータがあります。
子どもが自宅でもずっと触っているという問題です。
2025年に文部科学省が発表した調査結果によると、小学校の86.1%が家に端末を持ち帰らせているそうです。(「時々」も含む。22年度から約20ポイント増)。これについて、「朝日新聞」(2025年3月24日朝刊)は、母親が子どもの端末の扱い方に悩んでいる実態を報じています。
読書が好きだった中学1年生の子がタブレットにはまり、睡眠時間も短くなった。親は「もう(端末を)壊してしまうかというところまで来ている」。そんな心情が綴られていました。
2024年には、小学生のうち、10歳以上の子のインターネット使用時間の1日平均は約3時間44分という調査結果も出ています。5年前から1.5倍に増えています。(こども家庭庁調査)。結果的に子どもの対面でのコミュニケーション能力が育まれないのであれば、大きな問題です。
第6章 家庭でもできる菊池指示実践法 より
子どもがスマホ、YouTubeばかり見ている。近ごろよく、保護者の方々も参加しての研修会で聞く話です。このことが悪いことなのか。端的に言うと私は「悪い」と思います。理由は特別なものではありません。「自分が好きな情報ばかりクリックして調べるから」。フィルターバブルと言うそうです。
またひとりブックトーク…
菊池先生の活動の中、
直接話すのがそうだからなんでしょうけれど、「お母さん」「母親」という表記なのが気になりますが…
実際、平日のスーパーマーケットなどで見かける親子はほぼ「母子」で、まだ話せない幼児を相手に幸せそうに話しかけているお母さんもごくたまに見かけはしますが、うるさくしないように、なのか、ゲーム機やスマホを持たせている光景の方がよく見ます
車で走っていても、前の車に大きなモニターがついていて、アニメなどが流れているのも珍しくありません
週末となると、お父さんが加わります
そうなると今度は、子どもといてもスマホから目を離さないお父さん
もちろん、お母さんであることも多いけど、とにかく、どちらかが、または両方が、スマホを見ている、というのは珍しくありません
子どもも揃って家族全員、なんてのも、もう、珍しくないですね
でも、私に相談してくる「お母さん」の場合、家庭内でお父さんがスマホやゲームを止められない、というケースが経験上、多かったのも事実です
もう、御両親がゲームで育った世代でしょうし、子どもにはまだ…とお母さんが思っていても、お父さんが積極的、さらに、ゲームはアタマがよくなる、と主張してくる場合、みんなやってるのにかわいそうだ、と主張してくる場合など、子どもの日常に触れる時間が多いお母さんに向かってなんてこと言うんだ…というお父さんの例もこれまで数え切れないほど聞いてきました
何度も書いているけど、ゲームや動画サイト、スマホが「悪い」のではないのです
使い方が間違っているのです
それは学校でも家庭でも
学校は、この本に書いてある通りのこと…国がコロナ化で学校のデジタル端末に見切り発車したことは何年も前の清川輝基先生の講演会で聞いた事実で、先生方も困惑の中、命じられて使っているに過ぎません
「子どもにとってよくないでしょう」と意見を言える環境ではないのでしょう
次女はコロナ禍1年前に小学校を卒業していて、
当時の小学校では「家庭でデジタル端末を使わせないで。動画視聴はさせないで」くらいの勢いで全家庭に通知を出したり、授業参観で、動画サイトやゲームの危険性について担任の先生がクラスでとったアンケートをもとに話し合いをしてくれたりしていました
学校保健委員会の研究テーマにもなっていました
でも、その2年後には学校でデジタル端末を全員に貸与しはじめたのです
昨日まで暗記するほど教え込んだ教科書に、今日突然、墨を塗るように言われた養老先生の思い出のように、
そりゃあ、信じられなくなります
でも、上からの命令だから
ただそれだけのことなのでしょう
でも、
子どもたちの生活や、体力、視力、思考力…
家庭での親子関係にまで、すっかり影響しているのが事実なんです
このままでいいのかな
って考えて行動してほしい
個人個人で考えるしかないんです
仲間と協力できればすごくいいし、
学校とも一緒に考えるなんてことができれば最高です
でも、もしそれが叶わないのなら
せめて、各家庭で行動を変えてほしい
子どもたちは明らかにコミュニケーションの経験を激減させています
そしてフィルターバブルによって異質なもの、自分の興味のないもの、好みではないものへの無関心や嫌悪感を自然に身につけてしまっています
異質なものと出会い、
もし興味がないものだった場合、
好みじゃなかった場合、
どう対処するのか
対処する経験を重ねていけるのか
世の中、当たり前ですが、自分と違うものばかり
違うもの、興味を持てないもの、好きになれないもの
ものじゃなくて人でも
いろんなものに出会って、それでも、そのなかで生きていきます
もちろん、自分と似たもの、好きなもの、興味が持てるものを見つけて、それを楽しんだり、生きがいにしたり、心の支えにしたりしながら
それを探すことと、異質なものを避け、排除することとはイコールではありません
異質なものと出会わなければわからなかったこと
異質なものの中にも、かけがえのない出会いに通じること
そういう経験が実際あるのです
そうやってなんとか上手に生きていけるわけです
あーあ
せっかく前回は短く書けたのに、また長くなっちゃったな
ひとりごとのブックトーク
私たちもフィルターバブルの中に入っていますね
以前は、
広告宣伝はSNSが担うと言われていました
ポスターやフライヤーを作って配るより、SNSで個人がつぶやいてくれたり、投稿してくれたりすると流行する、と
でも、アルゴリズムはどんどん成長していて、今や、端末の持ち主の好みに合うものしか見せなくなっているそうです
だから、
ちょっと検索しただけでフィードはそれでいっぱいになります
不意に無関係な広告や投稿が跳び込んでくる可能性は低くなっているそうです
だから「ポスター」などの掲示物を、不特定多数の人が通る街頭に掲げる方が効果的な宣伝になる、と戻ってきているそうです
そこからいわゆる「バズり」に発展していけば、時々起こる大流行の波が押し寄せるのでしょう
でもそれでも、老若男女誰でも知りうる、一昔前みたいな流行には発展しないのがおもしろいところです
私たちは
子どもの近くにいる私たちは
子どもが子どもである間は偏ったフィルターを彼らの視界にかぶせないよう注意すればいいのではないでしょうか
その方が、子どもは人間として、異質にも同質にも出会っていき、対処していく、当たり前の経験ができるのではないでしょうか
だいいち、子どもが何を見ているのか、
親御さんたちは全て知っているのでしょうか
親御さんたちにかかっていフィルターも、
どうなってしまっているんだろう
みんな違って、みんないい
だとぉぉー
違うものを排除しちゃうじゃないかー!
違うものを見せようともしてないじゃないかー!
違うね、って話す機会さえ、なくなっちゃうじゃないかー!
なんて叫んでも、
このブログが、初対面の方に届く可能性は低いのでしょう
さとちゃん、もうそんなの知ってるよ、ミミタコだよっていう、
仲間たちの元に、しつこいほど届いてるだけだよね
ごめんね