回想
 宣誓、良心に従って真実を述べ,何事も隠さず,偽りを述べない旨を誓います。
 警告、以下の文章を読むことで、一定の損失を被る可能性は否定できません。その際の一切の責任を負いかねます。また、読み進めたということは、これに同意したものとみなします。
 結論としては、どんぐり学舎は人生を豊かにしてくれる、ということが言いたい。ここで終わってしまうと説得力に欠くわけだから、以下それらしいことを試みてみる。
 まず前提として、どんぐり学舎はいい高校に入るために通うものではない。進路実現に必ずしも適しているとはいいがたい。あくまで、高校入試でも使えるよ、というぐらいである。高校入試だけを優先するのであれば、そこら辺の宿題が沢山出る塾に行った方が近道であろう。これには特段の根拠はないから一意見として聞いていただければ結構である。しかし、「人生を豊かにしてくれる」については、結論と位置付けたのだから多少の根拠を持ち合わせている。以下、それについて述べようと思う。

 まず、僕は、どんぐりは小中一貫教育であると考えている。小中学生の時に外遊びをする、ということは大変意義のあることである。
1. 運動能力の向上
2. 想像力や創造力の向上
3. 社会性やコミュニケーション能力の向上
4. ストレス解消やリフレッシュ
5. 自然と触れ合う
以上の点から薦める。

 スマホ、テレビの制限というのも理にかなっている。個人的には、小中学生もしくはそれ以前から静止画(※注1)の捕虜となってしまった子達に心から同情する。その責任は大人に帰するのだろう。アップル創業者のスティーブジョブズが「子どもたちは、テクノロジーに依存せずに、外で遊んだり、本を読んだりすることが大切だ」と発言したのは周知の事実であろう。子どもの脳は未発達のため、それらに自制するのは困難なことである。そのかわりにその時間を、どんぐりでは、自分に合った時間の有意義な使い方、自分に合った勉強方法、自分に合った生活習慣を模索することが出来る。それらを確立することは、これからの人生において武器になるだろうと考える。これが「人生を豊かにしてくれる」ということである。この論についてはこれで終結として、これまでどのように生活してきたかという軌跡を紹介しようと思う。

 小学生時代は、専ら外遊びであった。帰宅後、勉強したことなどないも等しい。近隣の友達と、ボール遊び、近所全域をフィールドとした追いかけっこなどを良くしたものだ。特に楽しかったのは側溝に住み着いているザリガニを取ることだ。七匹程度を並べちょっかいを出していたものだ。実は今もよくお世話になっている。

 中学一、二年生の頃は、必要最低限度の学習しかしてこなかった。実をいうと大半はテレビの捕虜となっていた。なんて無駄な時間を送っていたのだろうかと思いだすだけで嫌になる。とはいえ、遅くとも十時には就寝し、六時起床という生活リズムは崩さず、提出物は全て間に合っていた。外でもよく遊んだ。中学校は一学年150人と多いため、弱小小学校から入学した者からすると肩身が狭かった。対人関係は広く浅く型で、諍いなくやってこられた。結構おすすめである。

 中学三年生については、ここが一番のミソであるから長々と述べさせてもらう。

 序盤の頃は、一、二年と変わらなかった。夏休みから点火した。夏休みの宿題は7月中に終わらせた。8月から本格的に受験勉強を始めた。それからは、DKから支給された入試関係の物を解いていった。それからは苦手教科である社会、国語を重点的に取り組んだ。社会は、全国の公立の問題を、国語は文章問題最高水準問題集をそれぞれ半分ぐらい取り組んだ。その他は、DKで目ぼしい問題集を見つけては解いていた。各教科についてコメントしようと思う。

 国語…知識事項は特に文法は必須であるから、恙無くすべき。文章題は、沢山解いて経験値を積む。僕は、設問を先に読んでから、文章を読むタイプである。漢字は自信があった。しかし、間違えたらしっかり復習した。

 数学…センスを磨く。というのが正直なところである。例えば、足して2、かけて-48、の二項の定数と言われてさっと8,-6がでるかという感じである。あとは発想力である。特に空間図形の時に顕著に表れると思う。沢山解いて経験値をつむことで問題慣れすることが肝要である。

 社会…専門外ではあるが、関連付けて覚えることが重要だ。

 理科…暗記事項は語呂合わせで覚えている。例)美人なウーマン アル中教師 フサコ (ビカリア、新生代、ナウマンゾウ/アンモナイト、中生代、恐竜/フズリナ、三葉虫、古生代) のような感じである。実験から読み取る系の問題は典型があるから慣れるといいと思う。

 英語…単語はきちんと覚えておくべき。熟語を覚えるのは結構楽しい。長文読解は、国語と同じく設問から読む派だった。整序問題はDKで配られるものを解いていた。

 受験生生活も楽しんで行けば、これまでとかわらなく乗り越えられると思う。顧みてみると、中三になってさらに就寝時間が早まったように思う。9時半には寝て、5時には起きていた。朝型は大変有意義である。さらに、昼寝は有効である。米マイクロソフトは、会社に仮眠室を設け、昼寝が出来る環境を作っている。僕も休日は毎日昼食後、三十分間ぐらい昼寝をしている。昼寝後はスッキリ勉強ができ、午後中の生産効率が良くなる。大変お薦めする。

 以上、何かに影響を受けたであろう分かりにくい長文を作成した。何か参考になれば幸いである。

令和五年三月五日

※注1 この「静止画」という言葉は現在も推敲が続いています。著者曰く、「テレビ、ゲームを含むあらゆる人工的な画面の類いのこと」とのことです


著者略歴(いずみ文責)
・小学校1年で市外から市内に転居、そこから「どんぐり学舎」へ
・小学1年~6年 「どんぐり学舎」在籍
・中学1年~3年 「D→K Room」在籍
・どんぐり倶楽部良質の算数文章問題は90%近くを解いたと思われます
・小学校時代…どんぐり問題が解けなかったりわからなかったりして機嫌を悪くすることは教室ではほぼありませんでした。ただ、問題の構成、構造に意見することはありました。それは中学生になっても変わりませんでした。そこが著者の長所のひとつであると思います。おかしい、成立しない、と一度は批判的に見るのですが、その後、諦めずに自分なりの検証を重ねます。決して投げ出さず、諦めず、自分なりに納得できるまで追求する姿勢は、小学生のころから中学生になっても変わりませんでした。「難読漢字」にはまって、答えの単位を漢字で書いたり、問題の登場人物に変わった名前をつけたりして高尚でユニークな作品を多く残したのも著者の特徴です。
・中学校時代…コロナ休校で始まった中学生活で、春休みから学校再開となる6月まで、主にDKの教材を使って独学を進めていたようでした。DKのオンラインを週に1日つなぎ、確認はしましたが、どんどん先へ進んでしまい、特に数学は「正負の数」「文字と式」「一次方程式」まで自学してしまって「関数」に入ろうとしたところで一旦ストップさせたくらいです。宿題や問題集を解いた経験がほとんどなかったためか、中学生用の塾教材に目を輝かせていたのを覚えています。ここからは親御さんはノータッチだから、自分の好きなように使ってください。というと、早速解き始めていました。
中学校の試験では多く苦労することもなく、日々の理解と、学校からの提出課題と、不足していたらDKの教材を使って自分で必要な問題を探して解くなどして1年生から3年生まで最上位近辺をキープしていました
Qノート(わからん帳)は1年生の頃から、ルーズリーフ式を自ら採用し、クリアファイルに入れて提出してきました
自分で解決できたものがほとんどでしたが、時々「?」があり、解説を書くのが楽しみでした
3年になっても私が教えることはほとんどなく、自ら解決するか、DKメイトと検討して解決していました
思えば、ここ数年そういう生徒が多いのですが、年長か1年生からどんぐりを解いてきた子にそういう特徴を持つ子が多いな、という印象です
自分でとことん考える、むしろヒントや助言はもらったらつまらない…という癖がついているんだと思います
考えて、考えて、どうしても解決しないとき、やっと助言を求める、もしくは、違う考え方を尋ねる、というようなパターンが多かったです
たいてい、教材に付属の解説で解決していました
余談ですが、教材の付属の解説は「男子にははまる」ことが多く、女子は「言い換えを依頼してくる」ことが多いのも発見でした
私自身が解いてから解説を見ても、あまりにも模範的な解き方と違ってびっくりすることが多いのですが、それは、解説を作っているのが男性が多いからなのかな、と勝手に想像しています
教材に関わったスタッフの方々の名前を見ても、ほとんどが男性なので、本当にそうなのかも…と思ったりしています
男子ばかりの今年は特に、その傾向を感じました
「解説を読めばわかる」と言っている意味がわかりました

「これって楽しいよね~」とよく聞こえてきました
運動部に所属していましたが、数学オリンピックの学習会(?)にも参加していて、そこで解いた難問を教室で私やみんなに出題して解説してくれたりもしました

DKでは秋口から全県模試を受検し、いわゆる「偏差値」を自覚して進路を決定していきます
学校内の試験だけでは客観性に欠ける、というのと、自分の進路を自分のデータを分析して決めてほしいからです
模試を受検して、結果を返却する時に個人面談をしますが、著者は教室での顔とちょっと違った顔を見せてくれるのも思い出に残っています
身長は私を遙かに超えるまでに成長していますが、幼い頃から知っているので、私の目にはふとしたことで幼く、あどけない著者の姿が蘇ります
少し弱気になったり、不安を覗かせたりすることもなくはなかったのですが、最後まで自分流を貫き、見事に合格を勝ち取っていったな、という印象です
最終的には、第1志望校に難関である前期選抜で合格し、進学を決めました

著者についての感想や見解を書こうとしたら一晩かかっても書き切れません
あんなことがあったな、こんなこともあったな、と思い出すと、全てみなさんにお伝えしたいくらいですが、この文集は著者が書いたものを主としていますので、後記はこのくらいにしておきます

以前、東京大学に現役で進学した知人の子が、
「学校で授業を受けて、塾でも授業を受けて、教科書や参考書に全部書いてある。それで、勉強がわからない、っていう意味がわからない」と言ってた、というのを聞きました
それはひとえに、
「自分で聞き取れて、自分で読み取れる子」の言い分なんですが、
でも、確かにその通り、と思いました
「自分で聞き取れて、自分で読み取れる」という状態の中学生、高校生になっているためには、小学生時代、どう過ごしたらいいのでしょうか

【2022年度 どんぐりDK卒業文集① 数学オリンピックボーイ編】完