どんぐり学舎月末恒例の、糸山先生開発!漢字を練習せずに暗記する方法IF法実践です
頭の中でできるだけ大きく、できるだけ太いペンとか筆とかで描くのがポイント
「めちゃ大きく書いたぜ」
「うわーー大きすぎて見えなくなる~」
とか言いながら、
脳内でゆっくり漢字を再現している子どもたちです
今回はけものへんの形が難しかったね
まるっとカーブを描くけものへんは、ちょっと難しいよね
でも、だいたいで大丈夫!
かわいい獺~カワウソ~がたくさん集まりました
自習に来ていた中学生も一緒になって目を閉じていました
そして、こんな風に再現
謎の謎かけです(笑)深い
ノートだけ記念撮影させて~と言ったら
顔も写して~というので撮影(笑)
1年生や2年生は見学でいいよ~って言ってるのに、
書けるもん!って書いちゃう
どんぐりの環境設定の中に「宿題制限」というものがあり、
え!漢字練習をしないでどうやって漢字を覚えるんですか?と質問されることがあります
その質問をする時に、質問しないまでも、そう思ってしまった時に、ちょっと考えてみてほしいのです
その質問をされると私は逆に質問します
「漢字練習をしたら漢字が覚えられるんですか?」と
意地悪な質問のようですが、にこやかに聞き返してみることにしています
そうすると、大抵の方が以下のいずれかのことに気づきます
「そういえば…漢字練習を散々させられて(させて)きたのに漢字は得意ではない」
「そういえば…漢字練習なんかろくにしていないけどわりと漢字に強い」
漢字練習そのものが悪いのではありません
いつも、この「そもそも論」になってしまうのですが、
漢字練習は、本人が必要性を感じ、自分のためにやろうと思ってやるのなら悪くはないのです
ただ、
宿題で課される漢字練習の場合、もうすっかり覚えている漢字も同じだけ練習しなければならないことが多く、それは無駄だし、無駄なのに強いられることで脳に与える影響というのがとても大きいことに学校の先生や親御さんたちの多くはわかっていないのです
たとえば次の漢字テストのために練習をしてくる、という宿題が出たとすると、ほとんどの場合、その出題範囲全ての漢字を同じだけ書いてくる子が多いと思うのですが、それは「漢字練習をしてきなさい」という宿題を出すからだと思われます
「漢字テストに備えなさい」という漠然としたミッションであれば(そして、そのミッションに対してそれぞれの子が挑戦してきた方法を咎めないしダメ出しもしないという条件であれば)一生懸命何度も書いて練習する子もいるでしょうし、一覧にして壁に貼り付けて覚える子もいるでしょうし、テストを自分で作って何度も挑戦してみる子も出てくるかもしれません
中学生がよく、「英単語はどうやったら覚えられますか?」と質問してくるのですが、小学校6年間で漢字を1000文字以上習ってきたのに、どうやってそれらを「覚えよう」としたのか、経験がないんだと思います
だって、言われたことをただこなしていただけなんですから
「漢字ノートに練習してきなさい」と言われて、言われたとおりのページ数、文字数、練習してきただけなのですから
それが効果的だった!と思うのなら、英単語も同じようにして覚えればいいのに、そうはしないで「どうしたら覚えられますか?」と質問してくるのですから、6年間の漢字練習っていったいなんだったんでしょう
先生だけならともかく、なんなら小学校入学前から文字を教え、何度も書かせる練習をさせ、小学生になって「漢字テストに備える」ためにやはり何度も漢字練習をさせている親御さんが多いのですからさらに子どもたちは、中学生になっても自分のための暗記法を探せず、試せずにぼんやりと指示を待つしかない状態なのです
ところで「漢字を覚える」って、また勘違いしている方も多いですが、1度覚えても脳内のどこかには残りますが、いつでもさっと取り出せる記憶として残すには、定期的な復習や、実生活で使っていくことが必須になります
つまり、復習や、活用をしなければどんどん忘れていくのが普通のことです
単元テストのために覚えても、まとめテストではその時の記憶は使えません
じゃあ、毎日毎日、新しい漢字と以前覚えた漢字の復習をし続けるのか?そんなの不可能です
それ以外にもたくさん勉強することや覚えることがありますからね
なんで漢字を覚えることにそんなに執着するんだろうな、といつも考えているのですが、やはり学校で漢字練習をさせたり、漢字テストをしたり、その再テストをしたりして、短期記憶のためなのになんだかやたら評価対象にしているせいかもしれないなあ、とは思います
それから、大人になって漢字に強い人がなんだか賢そうに見えるからかもなあ、とか
あとは、ただ書けばいい、って思っている人が多いからかな、とか
頑張りが見えやすいっていうか
たくさん練習したね~って褒めやすいっていうか
手の外側のぷくぷくが真っ黒になったり、ノートのページが埋まっていったり
そういうことで達成感を見いだしやすいというか
いずれにせよ、
「自分で」覚えようと努力する以外は身につかないのに
漢字練習は私の子ども時代でも宿題の花形でした
私は文字そのものが好きだったので、本を読んだり手紙を書いたりしながらよく漢字を使いましたし、暇な時、辞書や百科事典を読んでいるような子どもだったので、学校で習う漢字はほとんど知っている状態でした
でも、漢字練習の宿題が毎日出るので、そりゃもう適当にやってました
くさかんむりを先に全部書いちゃったり、一文字書くときの鉛筆の「音」のリズムを作って歌いながら書いたり
漢字を覚えるために練習している、という感覚は日々の宿題には全くありませんでした
提出義務があるからやっていただけです
でも、ときどき行われる「漢字コンテスト」みたいなのが告知されると、かなりストイックに出題範囲の全てを自ら復習して臨みました
どれが出題されても必ず書けるように、出題範囲の漢字やあらゆる熟語をリストにしてテストを自分で作って、満点をとれるまで何回も書きました
同じ漢字を連続で書くようなことはしませんでした
小学生時代も、中学生になってからも、自分で「点数をとりたい」と思ったらそういう行動をとっていたと思います
親は一度も私の宿題に興味を持ったことがないし、
漢字テストの結果にも、他のテストにも、成績にも、なんなら中学生になってからの成績にも全く興味を示さなかったので、自分のことは自分で考え、自己責任でやってる、と思い込んでいました
それが普通なのかと
どんぐり学舎の卒業生の多くが漢字を得意としています
特に、年長児からどんぐりを始めて、どんぐりライフを家族で全うしたケースの家庭では漢字練習はほとんどしていないし、その他の環境設定も整っていた、という条件ですが、中学生になっても高校生になっても漢字で苦労はしていないようです
なんなら英単語も同じような感じです
漢字練習をしなくては漢字は覚えられない、と思い込んでいる大人の方に出会うと、私の脳裏には、いま実際、漢字に当たり前に強い現役生たちの顔が思い浮かびます
彼らは特殊な例でしょうか?
いいえ、彼らは向学心、好奇心、向上心をしっかりと守られて中高生になったのです
そして、どんぐり問題を主教材とし、指示待ちではなく、「自分の頭で考える」ことが当たり前のこととして机に向かうときは向かってきたのです
目先の漢字練習なんかじゃなくて、もっともっとずっとずっとその先まで続くことのために、親御さんが彼らのそれらを守るための生活をしてきたのです
漢字だけではなく、全て、大事なのは「嫌いにさせないこと」なのです
IF法は思考力養成のためのものではなく、
漢字は、たくさん反復練習しなくても覚えようとすれば覚えられるし、
そもそも、「漢字を覚える」ってことそのものがとても重要な訳ではないんだよ、ということを糸山先生が教えてくださっているメッセージのひとつだと私は思っています
糸山先生公認の漢字IF法の補助教材もあります
こんなの使わなくても、お家で大きく書けば実践できます
勉強も、お手伝いも、自然遊びも、話し合うことも、語り合うことも、
いろんな場所へ出かけていろんな刺激を受けることも、
いろんな人に出会うことも、
新しい友達を作ることも、
どんぐりのことも、
「嫌いにさせない」ことがとても大事です