この写真は、
現地に到着して宿舎に入る前に、
暑い中「開会式」をして、それから「中に入っていいよ-」と言ったらどやどやと、ワイワイと、我先に、と入っていって、1人残らず室内に入ってしまってから、さて、入りますか、とスタッフで後から入ろうとした玄関です

靴が………
揃っています

誰が……
揃えたんでしょう

大人は全員、外にいまして…

これら全部、子どもの靴だと思われます

靴箱もありますが、全員分は入らないので、脱いでそのままにしたのでしょう
スリッパも使いませんから
貸し切りですし…

それにしても、靴が……
みんな外向きに、揃っているではありませんか

そんなの当たり前のことでしょ、と保護者の方々は思いますか
先生達が揃えるように言ったんでしょ、と予想しますか
いいえ、
残念ながら、こんな光景は当たり前ではなく、私たちもそんなことで声をかけるのは忘れていました

子どもたちは自分たちで靴を揃えて上がったのです
そんな、静かな上がり方ではありませんでした
真新しくて綺麗な施設に興奮もしていたし、外は暑くて日差しも強かったから、
早く中に入ろうよ!って勢いでどしどし入っていったはずです

それなのに…
なんならどんぐり学舎の入り口の靴なんか、
揃っていることなどないですよねえ?学舎の保護者さんたち(笑)
まあ、学舎はこんな綺麗な建物じゃないからなのかもしれないけど…

これが、
周囲をよく見て、考える子どもたちの特徴なんじゃないかな、ってふと思ったんです
いつも自宅で靴をきちんと揃える習慣のある子もいるでしょう
よその家にお邪魔するときはこうしなさいね、と丁寧に躾けられている御家庭の子もあるでしょう

でも、なんというか、そう躾けられていたとしてもこんなに大勢が、しかも待ちに待った宿舎に興奮気味に入るって時に、ここまで揃うかねえ?と思ったんです

きっと最初に上がった誰かが、靴を脱いだ後、振り返って靴の向きを変えたのでしょう
子どもの大群の向こうで、何が起こっていたのか大人には見えていませんが
それで、次に上がる子はそれを見て真似たのでしょう
その次の子はまたそれを見て…

私たちは、
靴箱に入れるように、とも、きちんと揃えるように、とも言わなかったんです
何度も言いますが

これは、
ほんの始まりの出来事に過ぎませんでした
子どもの大群と過ごすことは、ほとんどのスタッフにとってそんなに豊富に経験していることではなかったと思います
小3から中1までの子どもが集まると、
どんな感じなのか、想像できないスタッフもいたかもしれません
でも、私は、
私の自然遊びの活動DSSでも、
地元の小学校のイベントや学習サポート、また、地元の中学校でのボランティアも含めると、
かなり何回も経験していて、
大学生スタッフたちも、地元の児童を引率する経験がありました

このあと、
子どもたちは大人の手を一切借りずに見事に晩ご飯を作り上げます
そしてそれぞれが荷物を持って歩いて別棟のお風呂に入ります
私たちスタッフはたいした決まりも作らず、
その都度、上がってくる質問や起こる問題に対処しながら、
ごく自然に過ごしていました

でもそんなことができるのは、
そのくらいの構え方でいられるのは、
この子たちだからなんだ、と私は最初に感じました
この靴を見て

しっかりと躾けられている子たちだから、という認識ではありません
自宅で全員がきちんと揃えて上がっているかというと、そんなことないんじゃないかと思われます
いかがでしょうか

大学生達も言っていました
口を開けばゲームやテレビや動画サイトの話題になるのが小学生だと思っていたけど、
この子達は誰もそんなことを話題にしていない
目の前にあることを本気で楽しんでる
純粋に人の目を見てくる、と

私たちはスタートから、
どんぐりっこの特殊性を目にしたのでした

そんな、たいしたことない…当たり前のこと…と思うでしょう
この空気を、このときの私の思いを、真空パックにして各家庭に発送したいくらいです
子どもを何十年も見てきた私が言っているこのことを、
信じてほしいです
ごく普通の小学生の集団とも交流している現役大学生達の感想も、
信じてほしいのです

個人差はありますが、
やはり、際だったのは中1を含めた高学年の子たちの行動と言動でした
彼らの行動、言動が、自然と年下の子たちの手本になっていました
年下の子たちも素直な子が多く、ただただ、羨望の眼差しで、自然と年上の子を真似たり、ついていったりしていました
中1を含めた高学年の子たちは、自分以外の子たちに常に目や心を配っていたように見えました
積極的に手助けをしたり、優しくしたりする子もいれば、
積極的ではないけれど、そっと見守ったり、邪魔しないように一緒に過ごしたりする子もいて、それぞれが高学年としての立場をしっかりとわきまえているように見えました

私は、昭和の頃の自分たちの近所遊びを思い出していました
誰がエライとか誰が上だとか下だとかはないけれど、
危ないことはまず年上の子が試したり、
大人との交渉は年上の子が率先していたり、
まだ平等に遊べない子にハンデをつけることを決めるのも年長者でした
年下の子が育てば自然とそんな年上の子になっていくわけで

いつの間にか、そんな文化はなくなっていったようだけど、
今回の子どもたちは…
初めて会ったはずなのに、
こんな風になるんだ!?という大発見でした

どんぐりをやってきた、ということがそんなに生活面に影響するのでしょうか
帰ってきてから私はずっと考えています
糸山先生に報告して助言頂きたいほどです
でも、糸山先生のこれまで発信された言葉の数々の中に、すでに回答はあった気もします

言葉をくまなく絵コンテにして解くどんぐり問題
わざとナンセンスだったり、わざとまわりくどかったりする問題文を読み、
子どもたちはいろんないらない情報も絵図にしながら、
正解ではなく、そこまで近づく過程を尊重する

正解が出れば合格じゃなくて、
どのように考えたかその過程を重要視する添削

しかも1日1問90分かけていい
週に2問しかやらない

そのくらい丁寧に、じっくりと、楽しい気持ちで取り組むどんぐり問題
*注*
楽しいのは、評価されない、比較されない、優劣をつけられないから
自分の頭を最大限動かして、自由に思考することができるから
本来、それは楽しいことのはずで、楽しんでいなかったら設定を見直すヒントあり

それを期間の長短はあれど、全員が経験しているこの集団
ある子は現場で考えたのでしょう
「靴は揃えて上がろう」と
ある子は前の子がすることを見ていたのでしょう
「同じようにして上がろう」と
それを見れば、他の子たちも同じようにするでしょう
ただただ、よく観察してるんだな、という印象でした

じゃあ、同調圧力みたいに、「みんなと同じことをしていればいい」と静かに指示を待っているのかというと、そんなことはありませんでした

だって、
事前に、何をするか、子どもたちで決めていたから
その前に初対面でスーパーで買い物もしています
何を作るか、段取りも決めています
大人に指示されて動く必要はなく、
指示を待っている必要もなければ、指示を待っていれば晩ご飯にありつけないのですから

自動的に揃った靴
これだけで、
今回集まった子どもたちのことがわかって頂ける気がしました

そして、子どもたちが集まるってことで、
その中に、思考力の豊かな、心豊かな子が一定数いる、ということだけで、
まだまだ成長過程の子や、課題を抱えた子までもが、
知らず知らずのうちに影響を受け、
自分にもできる、と自信をつけたり、
真似してみよう、って参考にしたり、
子ども同士、自然に育ち合っていくんだ、ってことをわかって頂ける気がしました

いま、
エントリー御家庭に公開する写真の整理をしています
糸山れい先生が作ってくれた素敵な動画も限定公開の準備ができています

そんな写真を見ながら、
私はまだ、耳元で子どもたちの声が聞こえるような錯覚に陥ります
事務局ではまだまだ、御家庭に戻って子どもたちがこぼした宝石のような言葉を募集しています

2回目のJAMBOREE企画も動き出しました

そして変わらず、
私はどんぐり・しぜん・すくーるの活動を企画中です
それかられい先生も福岡で、子どもたちと自然の中で何かしようと企んでいるみたいです

繋がっていこう
繋がっていよう

1度会えた私たちだから

JAMBOREEを通して子育ての課題を見つけた家庭もあるようです
よかったじゃないですか
素晴らしいことじゃないですか
ひとりで悩まず、家族だけで悩まず、
みんなと繋がって、
広がって、
助け合って、補い合って、今回出会えた素敵などんぐりっこのお兄さんやお姉さんみたいに育てましょうよ

子どもたちは、本当に出会った
親たちだって、私たちとだって、間接的に出会えたんですよ

どうか大切にしてください
この絆を