月曜日に放課後どんぐり集合!
どんぐり・しぜん・すくーるです

この日は「Tボール野球」と「しっぽ取り」をしました
「あー、それ知ってる~」「学校でやったことある~」
と、こどもたちは言っていました
あら、そうなのね
ブーブー言われながらも、御覧のような「Tバッティングの装置」をホームベースに設置
DSSカンパに補助していただいて購入した備品です(みんなで大事に使おうね!)

さあ、ピッチャーもキャッチャーもいらない野球ゲームのスタートです

Tボール野球のルールも色々あるようですが、私は、体育教師の従妹に教わったルールを子どもたちに教えました
そのルールなら、小学校1年生から中学生まで、全員が楽しめると思ったからです

中には「ほんものの野球」をいつも友達としていて、「どうせならちゃんとした野球がやりたいよ」と思う子もいたようですが、「今日は全員でできるルールでやるよ」と伝えました
みんなちゃんとわかってくれました

まずはチーム分けをして、先攻後攻を決めます
チーム分けは、慣れたもので、「同じ年齢くらいの子とじゃんけんして!」と大きい子がみんなに伝えます
2チームに分かれたら、高校野球みたいにホームベースの前に並んで、試合開始の礼!

3アウトで攻守交代、そこだけは普通の野球と同じです
でも、今回のルールでは塁は4つあって、1塁から4塁まで、段々と遠くなるように目印を置いておきます
Tボールをバットで打ったら、打者は、自分の好きな「塁」まで走って、ホームベースに戻ってきます
1塁まで走って戻ってきたら1点、
3塁まで走って戻ってきたら3点、
つまり、4塁が一番遠くに置いてあって、そこまで行って帰ってこられたら4点が入るのですが、その間に「アウト」になれば0点ということなのです


打者は自分の打球の飛び具合によってどの塁に走るか瞬時に判断します
守備は、飛んできたボールを取ります
誰かが取ったら、他の守備は全員、そのとった人の所に集まって、列を作って座ります
とったボールをどこかに投げる必要はありません
とにかく、誰かがボールをとったら集まって座るのです

最初は、「普通の野球」に慣れているせいか、打球が来ても誰かが取るのを眺めている子も多かったのです
それじゃダメダメ!とにかく全員でボールを追いかけて、全員で一緒に同じ場所で座らなきゃ!
「あ!!そうだった!!」と慌ててみんなのところへ猛ダッシュ
そんな場面が多々ありました
でも、段々と慣れてきて、ルールもわかってきて、コツもつかんで、集まるのが早くなってきました
最初は1イニング10点以上とれていたけど、最後の試合では0点に抑えたり、3点で済んだり、と随分上達したね!

野球なんか普段友達としないよ、っていう子だって、とまっているTボールをこつんと打つだけだから、なんとかなるものです
みんなでギャーギャーいいながら3試合もしてしまいました

合間に「しっぽ取り」もしました
これも、体育の授業のアップとしては定番の鬼ごっこのようです
保育園でもよくやったー!とこどもたちは口々に
幅広のすずらんテープを買っておいたのを、子どもたちに渡して、まずはしっぽ作りから
長すぎるしっぽ、短すぎるしっぽ、とやいのやいのたくさん作りました
これも色々なルールがある遊びですが、
今回は、「しっぽ取りエリア」の真ん中に「予備しっぽ」をどっさり置いておき、自分のしっぽを取られてしまったら、予備しっぽを再度着けていい、というエンドレスルールにしました
それぞれズボンにしっぽをはさんで、できるだけたくさんのしっぽを取りに行きます
自分のしっぽを取られてしまったら、予備しっぽをつけに行こう

お父さんやお母さん達も送迎の協力や、応援にかけつけてくれて、みんなで大笑い
あっという間の2時間でした

できるだけ、大人のいない状態で子どもたちに集団遊びをさせたいんです
だから、「童心にかえって一緒に遊ぶつもり」の大人以外には、いったん帰宅してもらって、またお迎えに来ていただければいいですよ、と伝えています
お買い物に行ってきてもいいし、近くでお茶してきてもいいですよ、って
私に遠慮して、ずっといてくださらなくても、大丈夫なんです
私だって本当は姿を消したいくらいなんです
でも、私は「ガキ大将」的存在として、一応子どもたちの中に混じって遊び、こっそり導いています

どうしても、やはり、集団遊びに慣れていない子どもたちに、無理矢理にでも経験させたいことがあるから

別に、大人が無理矢理設定しなくてもいいんじゃない?
そんなの不自然でしょ

たとえそう思われたとしても、私は、できる限り、やはり、経験させたいのです

いろんな年齢の子どもが集まって、できればそこにいる全員で遊べるような遊びを考えること、どうしたらいいかみんなで相談しながら過ごすこと、何かトラブルが起こった時に、自分たちで解決しようとがんばること
我慢すること、仲間を気遣うこと、助けること、助け合うこと

そういう経験が1度でもあれば
2度3度あれば
できるだけたくさん経験していれば、
私は、この先、人間関係で悩んだり、なんらかのトラブルに遭ったりした時に、勇敢に乗り越えていけるんじゃないかと、そこまで壮大な妄想をしているのです

親が近くにいたら、ワガママが通って、すぐに助けてもらえて、自分で解決策を考える必要もないことが多いのです
家族で遊んでいて、いかにも困難を乗り越えたように見える時があっても、やはり、子ども同士で乗り越えた場合とは種類が違います
なんというか、大人のいないところで自分たちで乗り越えた、という自信といいましょうか

わたしは、どんぐり問題の監督中と同じように、見ているような、見ていないような、ぼーっとした状態で子どもたちを見ています
外遊びの時は特に、ただひたすら、この風の中で、この土の上で、一生懸命腕を振って走っているのや、真剣な顔で追いかけているその姿がかわいくて、面白くて、ただただ観客のように近くで笑っているだけなんです

この日も、通りすがりの方が何人か、ものすごい笑みを浮かべて、しばらく子どもたちの様子を見ていました
見ている大人の方が、あんな風に幸せそうに笑ってくださるのは、とても嬉しいことでした

きっと、子どもは本来、こんな風に思い切り体を動かして、思い切り大きな声を出して、元気よく遊んでいるものなんです
体を動かすことより本を読むことや折紙をすることの方が好き、という子もいるでしょう
でも、何回かでいいから、こういう遊びを経験しているといいな、って思います
全力で走ること、全力で遊ぶこと、子どもにとってこんなに大切な栄養素はない、と確信しています

以前紹介した『精神科医の子育て論』に出てくる自閉症のT君の場合も、お母さんはとにかく「歩く」ことを重要視したと書いてありました
ともすると、部屋にこもりがちになる特徴を持つT君を、とにかくたくさん歩かせた、と

成長するにつれて、小さい頃は平気だったどろんこ遊びが好きじゃなくなったり、虫を気持ち悪がったり、群れて遊ぶことを避けたりするのは普通のことです
でも、やっぱり、どうしても、土や水を抵抗なく浴びられる時期に浴びることは重要で、虫や、小さな生き物に興味を持つ時期はあってほしいな、と思うのです
そのあたりは、「素直さ」に関係している気がしています
そして、「素直さ」は、特に中学以降の学力にはかなり影響してきます

大人になって、孤独を好む人になることもあるでしょう
でも、
誰にもたよらず、誰とも接触せず、ひとりだけの力で生きていくことはできません
自分は、誰かのためにあること、
誰かは、自分のためにあることを実感できる人間関係は、生きていく上で必要なものです


大げさかもしれませんが、子ども時代の群れ遊びは、大人になってからの人間関係の構築に影響すると私は考えます

今は、わが子と、家族単位で遊べたらそれで幸せ、と思えるでしょう
でも、子どもが親から離れてからのことを考えてみてください
いつまでも親が相手をしてあげることはできません
いつまでも近くにいて、助け続けることも

昔は放っておけばよかったのです
家から一歩出れば、子どもの世界がそれなりにありました
でも、
今はありません
それなら作ればいい
でも、
大人の意識が同じ方向に向いていることが大事です

DSSの構想をまた眠れなくなるほど考えていました
スキースクールで始まったDSSです
見渡してみると、スキー以外にも、いろいろなことが得意な親御さんや、友人、知人がいます

私はたった一度だけ、「パントマイム」を習ったことがあります
舞台でパントマイムを見せてもらって、その後で
そしてわたしは、たった一度だけ、山奥に歩いて入っていって、天然の水晶が含まれた岩石を発掘したことがあります
そして、たった一度だけ、海外の人形劇団の人たちと交流したことがあります
そんな「たった一度」の経験でも、子ども時代の経験は今だ色あせず、人生の中でキラキラと光ったまま残っています

子どもたちに、そんなキラキラの「たった一度」の経験も、してもらいたいなあ
それも、できれば、仲間と一緒に

体力の限界も感じつつ、できるだけこの活動を続けていけたらと思っています
何もいらないんです
子どもたちの、笑顔さえあれば

翌日の授業で、前日の放課後どんぐりに来た生徒さん
「昨日も会ったよね~」とにやにや
そうね、連日顔を合わせることなんかないものね

そんなにやにやも妙に嬉しいのでした