二階から見下ろすと、どんぐり学舎への小径(?)が木漏れ日の中に
とあるイベント会場で
私たち夫婦の前に私たち夫婦と同じくらいの年齢の夫婦と、
2歳くらいの女児
随分ちいさい子がいるんだな…孫って感じでもない
午前10時くらいだけど、
両親がそこらで買ったお弁当をぱかっと開けて食べ始めた
私が食べても胸やけしそうな雰囲気の(好きな人は好きそうな)
べっとりとしたお弁当の揚げ物を、その子にかじらせて…
もぐもぐさせては口まで運んでやり…
なんだろう、朝食だろうか…
気にしないようにしていても、
目の前にいるから視界からどけようにもどけられない
気になったのはその幼児の言動
こぼしたり、気に入らないことがあったりすると、
「お前が悪いんだろ!」「いい加減にしろ!!」って母親に…
幼児が、母親に、です
言われると母親は可愛くてたまらない、という表情で
「なにを~」と顔を近づけてぷんぷん顔をしてみせるも、
すぐに笑っている
父親もお弁当を食べていて、無関心
最近、塾生の女の子が「くそ!!」ってすぐ言うのが気になっている
中学生に聞くと、テレビで女のお笑い芸人が決まり文句として言っているという
そんな、神経質な~
言葉なんてその子を評価できるもんじゃないよ~
と、いう意見もありましょうが、私には考えられない
高校生の頃、
「デカい」って言葉がいかに下品か、っていう議論を友達数人としていて、
結論、「今日から“デカい”っていうのやめよ!」ってことに決まった
誰かに注意されたわけでもないし、
今でも絶対に使わないぞ!!って決めている訳ではないけれど、
なんとなく、あの時の議論が忘れられなくて、ふざけた時以外は使わない
まあ、それは、高校生の私と仲間達で勝手に出した結論なんだけど
もちろん、
わたしだって大人同士の話の時はふざけた言葉も言うし、
品のない言葉もつかうことはある
でも、子どもの前では使わなかったな
子どもはいつも私を見ているんだもの
生徒はもちろんだけど、我が子は特に、いつも私にまとわりついて、
私が何をしているのか、何を見ているのか、何を話しているのか、
いつもいつも、一番近くで見ているんだもの
そんな日々に疲れてしまっている若いお母さんお父さんたち、
そんな日々は永遠には続かないから
中高生となったらば、もはや親の言葉はまっすぐには届かない
でも、
幼い頃に届けた言葉は、永遠に抜けない気がします
逆に、幼い頃に「当たり前」に浴び続けた言葉は、
抜こうと思っても抜けなくなるのです
あとでいくら、言葉遣いに気をつけろ、と言ったところで、
もう、根底にそういう部分ができてしまって、
なかなか改善はできなくなるんじゃないかな
さて、目の前の親子ですが、お弁当を食べ終えると、
少し私が目を離した隙に、
少し私が目を離した隙に、
今度はポテトチップスの大袋に小さな手を突っ込んでいる幼児
おいおい~!!その体でどれだけの油分と塩分ついでに食品添加物を
一度に摂取するんです~?
と栄養士さんでもないので計算もできませんがさすがに心配になってきました
ずっと後ろ姿だったけど、ふと振り向いたその子の顔を見ると、
目がつり上がっていて、輝きのない、敵意のある表情をしていました
可愛らしく着飾ってはいたけどね…
そりゃそうです
母親に対し、「お前が悪いんだろ!」という幼児ですから
女児ですから…
そして、たまの休日の特別でレアな状態だとしても、この食生活です
この子が、この親子が、教育産業の対象者になる日も遠くないでしょう
私たちと同じくらいですから、決して若くはない両親にとって、
教育にお金をかけることはそれほど苦ではないかもしれません
あれこれやらせるんだろうなあ…
妄想族の私は色々考えていました
悪いけど、これだけ基本が最初からガタガタだと、
どんなことをやり遂げるのも大変だろうなあ…
勝手に思いました
私の妄想が外れるといいのですが
どんぐり学舎では、
よくない言動はその場でひとことぴしゃり「その言葉は使いません」とだけ言います
二度目に使っても同じように「使いません」といいます
あんた、と人を呼ぶこと、
ばか、しね、くそ、の類
そしてもちろん「わかんない」
ビックリすることに、新しいゲームのルール説明をしている最中に
「何言ってるか全然わかんない」と私の言葉にかぶせてくる子もいます
それも流行中らしいです
私がいくら注意しても、家庭でされなければ、学校では浴び続けているでしょうし、
意味がないのかもしれないなあ、と思いつつ
諦めずに私は言い続けます
だって、言葉は心とつながっているのだから