200冊超もこの短期間でブッカをするとすっかりプロになった気分ですが、
娘の中学校の図書室に用事があって寄って本を手に取ってみたら、
美しいブッカに司書さんの経験値を見て…
ますます自分の不器用さが情けなくも滑稽に思えたイズミです…ぷぷぷ…
(…えっ…まさか図書委員の生徒さんのブッカだったりするのかな…?)

本を見ればすぐブッカをしたくなり、
書斎の奥の奥に眠っていた古い文庫本も引っ張り出してみんなブッカ
どんぐり文庫に追加したのでぜひ見てみてください



『赤ちゃんと脳科学』


私の尊敬する、大好きな小児科医、山田真先生のお仲間の、
故・毛利子来(たねき)先生の著作
『子育ての迷い解決法 10の知恵』
タヌキ先生、今や、赤ちゃんからスマホ時代です…
天国でどう見ていらっしゃるのかしら…





認知工学・水島醉さんの『国語力のある子どもに育てる3つのルールと3つの方法』
いや、ブッカしながら「いつこの本読んだんだろう」って思い出せなくて、
「まえがき」を読んでいたら…

 「国語力をあげるにはどうすればよいでしょうか」というお問い合わせを、たいへんよくいただきます。学校での授業もあまり聞いておらず、また学校以外ではこれといった勉強もせずに国語力が上がらないというのであれば、よくわかります。しかしお問い合わせのほとんどが、学校の勉強以外に、有名な進学塾に通って、毎週何時間も勉強しているが国語力が上がらない、どうしたらよいか、というものです。これはとりもなおさず、進学塾に通っても、国語力が上がらないという実態を表しているのではありませんか。
 結論から言いますと、今の進学塾の一般的な国語の授業では、子どもの国語力を上げることはできません。進学塾では、私が「長文切り抜き問題」と呼んでいる、長い文章の一部分を切り抜いて、それに設問をつけるという形式の問題を解かせることの繰り返しです。これは多くの子どもにとって、国語力を上げるどころか、かえって国語の苦手な子どもをつくる原因となっています。もしこれで国語力を上げることができているのなら、「国語力を上げるにはどうしたらよいか」というお問い合わせが、こんなにもたくさんあるはずはありません。

そうなの、そうなのよ~!で、思い出した…いつ頃読んだのか…
そして目次を読んで、また思い出しました
目次を見ただけでもわかりますし、この前書きにもありますが、中身を読めば読むほど、国語力がどこで育つのかはわかります(…ボソボソ…それは家庭です…)
私は進学塾の国語科主任をしていました
会社組織ですから、自分の好きなように授業をすることはできませんが、私は教室をひとつ任されていたのと、主任だったこともあって国語の授業では色々なことを実験的に実はしていました
当時から、今の年齢の半分くらいだった私も、「長文切り抜き問題」をやったら国語力が上がるなんてありえない、って知っていました
だから、私は生徒達とJ-popを聞いてその詩を分析したり、交換日記をしたりして、とにかく今耳に入ってきている言葉、今、目の前にあるその言葉が日本語で、それが「国語」なんだってことを子どもたちに意識させました
古典は聡子流の現代語訳とおしゃべりでたくさん読んで楽しみました(私だけが楽しんでいたのかも…)

この本には、読書が効果的、と書いてありますが、読書が国語力に影響するのではなく、国語力がある子が読書を本当に楽しめるのです
字より絵の方が多いマンガを読んでも、国語力のある子は絵の表現力を少ない文字でも感じますし、ストーリーを味わうことができます
もちろん、迫力のある絵や、美しい絵、そのものを楽しむマンガの楽しみ方もあるけれど、キャプションを読み取れないと理解できない作者のメッセージがあるのは確かです
子どもの頃読んだ手塚治虫を最近読み直したら、「ああ、こういう話だったのか!」と思ったこともありますし…

ちなみにその進学塾の教務会議では、県内模試の塾生平均偏差値の上下を各科目の主任が社長から叱咤激励されるのですが…
国語は60超でいつもお褒めにあずかっていました(笑)
さらに、私の教室は他教室とは段違いに国語の平均偏差値が高かったのです(どんどん上昇していった)
※だからなに?って…仕方ないんです、進学塾とはそういうことを指針にする組織なのですから

とにかく、国語力は塾や学校でつけるものではありません
私たちは日本語遣いの達人なのですから
そして、数学も理科も社会も国語を使って勉強します
英語はもちろん、言語を学ぶのですから、母語である国語の力によって理解度は左右されることでしょう
他の科目はよくできるのに、国語だけは苦手、という子もいます
でも、国語が苦手な子の場合、言葉を使うのが困難なので、他の科目の理解の仕方が独特だったりします
それはそれで伸ばせる力ですし、逆に、得意な他の科目を利用して国語力を伸ばした例もあります
全ての礎となる国語の力
当たり前に毎日使っているこの言葉の存在意義を、もう少し丁寧に考えてほしいな、と思ってどんぐり文庫へ移動しました


三浦展さんのこの二部作は…かなり話題になったので改めてみると、目次だけでも強烈…
でも、仕方ない、こういう分析もあるのだなあ、と受けとめる事実は事実
データが出ているのだから…
たとえば、帯からだけでも…
「料理好きなお母さんの子どもは成績がよい」
「お父さんの読書量と子どもの成績は比例する」
「成績「下」の子ほど親も子も肥満ぎみ」
「夫婦間の満足度と子どもの成績は比例する」
……ひえーーー!
もちろん、血液型占いと同じで、全てのタイプに全てが当てはまるわけじゃないんです
あくまでも、統計です、統計!
…でも、統計なんです…
なるほどねえ…と思いながら読み、なんなら「気をつけようっと」って再確認するきっかけにはなるかなあ、って思う2冊です
怖いので詳細はどんぐり文庫にて


これは古い本です
岸本裕史『見える学力、見えない学力』
実家から持ってきた本のようで、誰かの朱書きが入っています
…誰だろう…?私ではありません
私の親かもしれません
「遊びは成長の糧」
「テレビ十悪」
「砂糖づけのからだ」
などがある一方で、
「読書は自己教育運動」
「教科書の音読を重視」
など、おや?っていう項目もあります
久々に再読してみようかな…
上記とも重複しますが、
読書も音読も、国語力があってこそ生きるものです
もちろん、国語力を自然に身につけるにはなにかしらのハンディがあって、音読や、読書への誘導によって国語力をあとづけするという手法がふさわしい子どもがいることも知っています
だから、「読書はいい、悪い」とどの子にも決めつけられることではないのですが、私はいつも「順番」が大事だと考えています

たとえば、赤ちゃんの発達で、おねんね期から寝返りをうって、首がすわり、腰がすわるとハイハイをしはじめますよね
ハイハイのあとにつかまり立ち、そして、二足歩行へと発達していきます

首がすわっていない子を縦抱きすること、
腰のすわっていない子を座らせること、
…発達を学んでから目にするそういう光景に若い頃はいちいち卒倒しそうになりました
「じゅ、じゅ、じゅ、順番!!」て内心…
さらに、
「うちの子、○ヶ月でもう歩いたの~」という、「早く歩き出した自慢」
内心、「ハイハイしていないなんて…心配だなあ…」と思いつつ、「へえ!」と驚いてみせるしかなかった頃もありました…
ハイハイのもつ大きな役目は語りきれないほどです
足腰の発達、肩と首の筋肉…手足の指、つめ、まだまだいろいろ…そして、肺活量にまで、その後の成長に大きく影響するのです
だから、歩き出すのが早かった子にも、ハイハイをさせるような、ハイハイ遊びとか、お馬さんの親子ごっことか、できるだけ、ハイハイをたくさん経験させるように、と発達の先生は言っていたのです
「順番を飛ばしちゃったのなら、戻ればいい」と

読書がいいから、と、とにかく本を読ませようとする前に、
その子がどこまで言葉を獲得しているのか、自分で読んで楽しめる域にまで到達しているのか、その部分を大切に見守ることが肝心です
その順番を飛び越えたら、読書はただ量をこなす流れ作業のようになってしまいます
(だから100冊チャレンジとか好きになれない…)
そしてまず、親の意図が「読書をさせると頭がよくなる」というような下心だったとしたら、読めば読むほど親が喜ぶし、驚くし、で、子どもにとって読書は味わうものではなくなってくる可能性もあるのです

で、超有名な外山滋比古さんの『思考の整理学』
これもいつ買ったのか…
ああ、うちにもあったんだね!?とびっくり
7年だか8年だか、連続で、東大生協文庫売上1位をとっているとかいう…
確かに、読みやすいし、「思考」とはなんぞや、ということを整理して書いてくださっていて、そしてかつて、国語の文章問題でこの本からの引用がどれだけ多かったことか…
最近はあまりにも有名すぎて少なくなったのかもしれませんが
でも、中学生でも読める一冊
ベストセラー&ロングセラーの文庫版です

最後は、文庫ではないけれど、上越教育大・西川純先生の

これは学校の先生向けの本だろうけれど…
「へえ!」の連続…おそろしや…

年末ジャンボが当たったら、学校を作りたいな…
糸山先生が名誉校長先生でね…それでね…

…買ったことないけど…買おうかな…