最近読んだこの本の最後に、著者のたっちゃん(渡部達也さん)が児童精神科医の佐々木正美先生から教わったことがいくつも書いてありました
私も佐々木先生の著書から教わったことは数知れずありますが、たっちゃんは直接佐々木先生に何度も会って教えていただいていたようです

「母性性というのは相手に安らぎを与える力、相手を受容する力、そのままでいいんだよって言ってあげられる力です」と佐々木先生。それに対し父性性は、「こうしなきゃいけません。こうでなくちゃダメでしょ、というもの。約束を破ったり、努力を怠ったりすれば、叱られたり罰せられるのだとおしえるのです」と言われました。
母性性と父性性の違いは、漠然と理解をしていましたが、「なるほど!」と合点したのが、「大切なのはバランスより順序です」という言葉でした。母性的な養育が充分になされたあとでなければ、父性的な「これはいけません。あれをしなさい」という教えは伝わらないのだということです。
(中略:具体例)
(佐々木先生が)「お母さんたちからよく『うちの子はほんとに自分勝手で、私の言うことをきかないんです』とご相談を受けます」
僕らもお母さんたちのそうした嘆きをよく聞きます。そうした相談を佐々木先生はこう解説します。
「このご相談は、親として恥ずかしい相談なんです。それは、お母さんが『私は子どもの言うことを聞いてあげたことがありません』と告白しているようなものだからなんです。お母さんが安らぎを与えながら、子どもの話に耳を傾ける。そして子どもが望むようなことをしてあげる。そうすると子どもは、大好きなお母さんの言うことを聞こうという風に育っていくんです」と佐々木先生。
(中略:具体例)
佐々木先生はこんな話もされました。
「数多くの非行少年少女たちに向き合いました。その子たちが育った家庭には、母性性が欠落していると本当に感じます。厳しい父親がいる家庭で育った子どもたちが非行に走る事例を数多く目にしてきました」
(中略)
「お母さんは優しいだけでいいんですよ」
学校は父性原理の塊です。挨拶、服装、授業態度、清掃、帰宅時間、宿題、テスト勉強…「あれしなさい、これはダメです」だらけです。放課後の学童保育、塾、習い事、スポーツクラブもまた然り。
家庭にも、学校にも、地域にもない安らぎを求めて、子どもたちは「たごっこパーク」や「おもしろ荘」にやってきます。

この(中略:具体例)の部分がたっちゃんが活動の中で体験した大切な部分ですので、ぜひ、この本を手に取って読んでいただくことをおすすめします

学生時代に、私はこの子育てにおける「母性性と父性性」について、レポートを書いたことがあります
最近ますます、ジェンダー論などがあからさまになってきて「男とか、女とか、お父さんとか、お母さんとかって…」と言われそうですが、学生時代に私が書いたレポートにすら、「女が母性性、男が父性性を持つべき、ということではない」と書いています
私の友人の中でも、生物的には男性だけれど、母性性の強い人もいれば、女性なのに父性性の強い人もいます
私も子ども時代から中性的なタイプだったので、生物的な性別よりも、精神的な性別の方に敏感に気づくたちで、体は男性なのに心は女性、っていう男友達といることが心地よかったり、体は女性だけど心は男性、っていう女友達とすごく気が合ったりしました
「心が男性、女性ってなによ?」と、また、つっこまれるかもしれませんが、深い意味はなく、一般的イメージ、そして、児童精神科医の佐々木先生のおっしゃる「母性性、父性性」で説明していただいているようなものです
人間は多種多様で、2種類に分けられるもんじゃない!という意見ももちろん納得できますが、一般的に、太古の昔からあった2つの性別の特徴を、さまざまな象徴として捉えたときの、母性性、父性性のことなんです

柔らか、繊細、穏やか、受け入れる、包容力→母性性
力強い、朴訥、どっしりとした、ルールを教える→父性性

それを担うのはそれぞれ「お母さん」であり、「お父さん」ですよ、と言いたいのではないのです
子育てにおいて大事なのは、この2つのバランスではなく「順序」なんですよ、と佐々木先生はおっしゃったのです

たとえ家庭内に「お父さん」しかいなくても、「お母さん」しかいなくても、両方の性別の親が揃っていなければならないなんてことじゃないんです

そして家庭内に限らず、子どもとの関係を築くときに必要なのは、「母性性」が優先で、そのあと「父性性」が生きてくる、ということなんだと思います

何度も出しているたとえ話ですが、
子どもが夕方遅くなっても帰宅してこないことがあったとします
約束の帰宅時刻を過ぎても、
外が真っ暗になっても、帰ってきません
心配で、そわそわしながら待ちながらも、心情はやがてイラつき、怒りに変わってくるかもしれません
どこでなにやってるのよ!いや、もしかしたら何か、事件や事故に巻き込まれた?それとも…

そして、子どもは平然と、何事もなかったかのように帰宅し、ヘラヘラしながら玄関に入ってきました

やっと子どもが帰ってきたとき、最初にかける言葉は…

A 約束の時刻を過ぎてるでしょ!どこでなにしてたの!?もう外へ遊びに行かせないよ!
B 無事に帰ってきてよかった!!帰ってきてくれてありがとう!嬉しい!よかった~!

わかりやすすぎますよね
言葉は変わっても、まあ、どちらに近い迎え方をするか、と想像してみてください

どちらかというと、Aが父性性優位で、Bが母性性優位ですよね
Bは、佐々木先生のおっしゃる「お母さんは優しいだけでいいんですよ」という態度ですよね

Bの方が優しくて、そりゃ子どもは嬉しいでしょうよ、でも、そんなの日常的に言っていられない!!と叫ぶ声が聞こえてきそう
確かにその通りですね
心配を通り越して、湧き出したイライラや怒りの感情はどこにぶつければいいの!!って思いますよね

ところでいま、私もいろんな家庭を想像しながら、あの両親だったらどうかな、あのお父さんだったらどうかなあ、って考えてみたのですが、最近のお父さんに多そうなのは、「特に何も言わない」というタイプかな、なんて思います

全部お母さんに任せて、自分は特に感情を動かさず、子どもに核心に触れるような言葉をかけない
むしろ、そういうことを避けている
そういうお父さんが多いかもしれないなあ、といろいろな場面を見たり、話を聞いたりして思います
それは、
少し前にFBで紹介した大河原美以先生の本にあったように「お父さんの育児放棄」に繋がってくるんですよ

お母さんがそわそわ、心を揺さぶられていても他人事
お母さんがぐっと感情を抑えて、子どもへの対応を工夫していても、他人事
なんなら「そんなの考えすぎ」とか「放っておいても大丈夫」とか、一見大らかそうな言葉をかけて、結局は自分が関わることやお母さんを支えるという最も大事なことから逃げている、というケースも少なくないようです
実はそんなお父さんの態度が変わることが、お母さんのやり場のないイライラや怒りをどうにかするための…そもそもそんな感情が湧いてこないための、キーになってくるんです

そんなお父さんたちには、ぜひ気づいていただきたいなあ…と思いつつ、さて、先ほどの帰宅時の対処ですが、もちろん、子どもが帰宅時刻を守らなかったことについて、家族のルールもありましょうから、しっかりと話して聞かせる必要はあります
命に関わること、危険なことについてはどんなに幼くても、厳しく教える必要は確かにあるんです
でも、
その前に「聞く耳」を持たせなければ、どんなに大事な話をしても、子どもの耳を素通りしてしまうのです

私たちが、「この人の言葉をちゃんと聞こう」と思えるのは相手がどんな人のときでしょうか
私だったら、その人のことを好きだったり、尊敬していたり、その人から学びたいことが多かったりしたとき、その人の言葉をもれなく受けとりたい、と思います

子どもも同じです

親が、子どもに何か注意したり、言いつけたりしているのを客観的に見る場面があるとき、私は子どもの目を観察します
子どもが、親の顔を見て、頷いている顔です
子どもは親のことが大好きなので、ほとんどは、大好きな人の言葉を聞こうとまっすぐ見ています
でも、見ているようで見ていない子もいます
そういう子の場合、親が言いつけたそばから約束を破って勝手な行動に舞い戻っています
それを見つけた親がまた子どもをとっ捕まえて、再度説教をするわけなのですが…
腕をつかんで、ゆらゆら揺らして、一生懸命、伝えるわけなのですが…

想像したらわかりますよね?
もう、その子は、親の言葉など聞きたくないんですよね
聞いているふりでもしないとまた叱られるから、ふりはするけれど、言葉は素通りしていて、意味も考えていませんよね
だから、何がいけないのかなんて、考えようともしていません
それではいつまでたっても「自分勝手で私の言うことをきかないんです」という状態は続きますよね
そうしたらやはり、自分のこれまでの、子どもへの態度を思い起こすしかないんです
佐々木先生のおっしゃるように、たぶん、それまで、子どもに安らぎを与え、うけとめ、子どもの言葉に耳を傾けてきたか、言葉を発する前からも、子どもが出しているサインを、全力で受けとめてきたのか、ということを思い起こすしか

親は子どもを、抱きしめることができます
褒めるときも、叱るときも、
母性性を表すときも、父性性を表すときも、
抱きしめて話すことができます

遅くまで帰ってこなかったそのとき、
まずは子どもを抱きしめて、無事を確認し、無事を喜びます
子どもはたぶん、遅くなったことを自覚していて、叱られるかもしれない、と思って玄関に入っているわけです
叱る前に、安堵の笑顔で親が抱きしめてきたら、子どもも心から安心するでしょう
それから、
言いたいこと、言うべきことを穏やかに伝えます
家族の約束もあるでしょう
出かける前にしたはずの約束だってあるでしょう
それを破ったことまで許すことはありません
でも、頭ごなしに注意したところで、子どもは次から改善しようと心から思うことはありません
もし、父性性を発揮してなんなら力で威圧してでも帰宅時刻を破ったことを激しく叱責したら、
次からはその恐怖から時間を厳守するかもしれません
でも、それはただ押さえつけられているだけであって、自主性もなければ、応用の利くものでもありません
無事に帰宅したことを喜び、どんなに心配したのかが子どもに伝われば、
子どもは自分が大切に思われていることを実感し、親を悲しませたことを忘れないでしょう
そして、次に、遊んでいて暗くなってきたら、約束の時刻が近づいてきたら、
抱きしめられた感触や、震え声で帰宅を安堵してくれた親のことを思い出すのではないでしょうか

このことは、日々子どもと接していると随所で見え隠れするんです
礼儀正しく挨拶をするけれど、それは厳しいしつけの賜であり、親の前でだけだったり、
叱られないとわかったらやりたい放題誰に迷惑をかけようと何がどうなろうと勝手に振る舞い続けたり

心のこもった子育てをされている子は、いろいろなことに気づきます
そりゃあ子どもですから、いつも模範的なわけじゃないし、模範的なのがいいとも思いません
でも、心のこもった環境で、親と信頼しあって暮らしている子は、
夢中になって忘れちゃって、失敗することもたくさんあっても、親との信頼関係と同じように、
友達や、私との関係も大切にしようと体の奥底から優しさや誠実さが湧き出しているような子に育っているんです

毎日お父さんの帰りが遅くて、ほぼひとりで子育てしているんです、というお母さんでも、
わけあって、両親揃っていなくて、お父さん1人、またはお母さん1人で子育てしてるんです、という方でも、両親揃って協力して子育てしてますよ、って方でも、
母性性と父性性はその順番さえ守れば、子どもは親を信頼し、親の言葉を素直に聞くようになります
逆に言えば、その順番を守らなければ、親子の信頼関係を築くのは至難の業
特に、思春期以降、全く修正ができないほどになってしまう可能性もあるのです
だって、人間同士の信頼関係って、一朝一夕に構築できるものではないでしょう
いくら相手が子どもだからって、いいえ、相手が子どもだからこそ、
信頼してもらえるかどうか、言葉に耳を真剣に傾けてもらえるかどうかは、
こちらの態度次第なんだ、ってことは、おわかりいただけるかと思います

昨日、買い物中お店の中にドスのきいた怒鳴り声が響いていました
その声の主が若いお母さんのものだと気づいたのは、その声が段々と私に近づいてきて、通路を曲がったところで彼女とすれ違ったときです
怒鳴り声を送った相手は、私の腰の高さよりも頭が低かったから、3歳くらいの、男の子でした
怒鳴られてもニコニコしながら母親のあとをついて歩いていました

そっちじゃなくてこっち!という母親の意思表示を、
ここには書けないような恐ろしい言葉で息子に伝えていました
息子は、指示された通り、母親の修正を受け入れ、従っていました
その後も、いちいち細かい指示を、いちいちとんでもなく乱暴な言葉で息子に命じ、従わせていました

……10年後……どうなっているだろうか…
私は立ち止まって考え込んでしまいました

あの若いお母さんは、ワンオペで頑張ってるんだろうか
ひとりのんびり買い物したいのに、子どもとずっと一緒に行動することに、疲れているんだろうか
家に帰ってもし旦那さんがいるとして、もしかしたら彼女自身が、あんな風に怒鳴られているのだろうか

これも何回も書いていますが、
店の近くの公園で、私が息子くんと遊んでいてあげるから、ゆっくりお買い物しておいでよ、って声をかけたくなりました
なんならカフェオレの1杯でもひとりでゆっくり飲んでおいでよ、って
そんな風に見知らぬおばさんに声をかけられても、
彼女は困るだけだろうな、と思って妄想で止めておくのですが…

最後にもう一度書きます
何も、お母さんだけが母性性を、お父さんだけが父性性を持っているわけではありません
私には自覚がありますが、両方同じくらい、持っています
両方持っている両性同士が夫婦である場合、その出し方のタイミングは話し合って調整できるし、
ひとりで育てている場合でも、両方持っているのですから、同じことなんです
不足はしないんです

まずは抱きしめて
片思いから思いが通じてやっと恋愛関係に発展する他人同士と違って、
基本、親と我が子とは相思相愛からスタートするのです
最初から抱きしめて大丈夫
最初から大好き、って伝えて大丈夫
そして、もっともっと大事なのは、自分の大好きを伝えることで、相手に(子どもに)信頼してもらうこと
相手に(子どもに)自分のことを同じくらい大好きって、思い続けてもらうこと

大好きな人の言葉だから、一生懸命受けとめよう、って
ずっと、思ってもらうこと

そんなの、もう無理…って思わず、
最初から、もう一回、やり直してみて
きっと、できる
大丈夫

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