聡子先生
長くお世話になり、 本当にありがとうございました。
私にとっても息子にとっても、 どんぐりと聡子先生との出会いは生き方を大きく変えた出会いでした。
ゲームとテレビなしの育児は振り返ってみると、 結果的に子育てを楽にしてくれたと感じます。 小学生時代は、テレビやゲームが無いので、暗くなるまで友達と外で遊んでいました。テレビやゲームがなくても日々の生活は充分に楽しいものだと感じてほしくて、週末はキャンプや登山、スキーや川遊び等、 仲間や家族で楽しみました。
私は元々はインドアで家にいるのが好きでしたが、 テントの張り方を覚え、 毎週のようにキャンプに出掛け、できるだけ外での時間を過ごすよう心掛けてきました。
宿題については免除していただいた年もあれば、 マシーンになって一年間私がやった年もありました。マシーンをこなした一年は宿題がとても苦痛で、宿題嫌いな子どもの気持ちを理解することができました。 息子は作文をたまにやる以外は、一切宿題も家庭学習も無しで小学校生活を終えました。
Qノート(注・どんぐり倶楽部ではわからん帳)は息子の気乗りしそうなときに声をかけながら、一緒に間違えた問題を切り取り貼り付けて正答を書き込んでいました。
小学生時代に親の私が不安に感じていたことは、テストの点数が思わしくなかったことでした。周りのお子さんたちが、学習塾に通ったり習い事を沢山して、もちろん宿題や家庭学習もこなしているのに、時代と逆行するかのように外遊びを楽しむ日々で、本当にこれで将来大丈夫だろうか・・・と思うことはありました。
その時は聡子先生に相談をして、小学校の勉強は1ヶ月あれば習得できるような内容で心配はいらない等、助言をいただき、先生がおっしゃるのだからそうなんだ! 大丈夫! と思い直しました。どんぐりを継続していく中で、不安に感じることがあった時、先ずは先生に打ち明けてみること、そして先生からのアドバイスを出来ないながらにも、実践してみることが大事だと感じます。聡子先生が素晴らしい育児を実践されているので、どんぐり式の子育てを選択したとはいえ無知で学びの足りない私が、こんなこと聞いていいのかな、我ながら馬鹿な質問しているなぁと思うこともありました。でも聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥です。不安や悩みを聞いて教えていただきながらだったから、どんぐり式の子育てが継続出来たと思います。
そのころを思い返すと、テストの点数や成績に親は一喜一憂しないこと。どんな成績でも 「へ~」の一言で終わらせること。
これはとっても大切なことだと感じます。
我が子の出来ていないことに着目して、出来るようにさせようと親が勝手に心配して、勉強させようとしたり漢字の書き取りを長時間させるといったことを真面目に実践している同級生の家庭は多くありました。
もしかしたら、そうすべきなんじゃないか・・・ 少数派の我が家の育児が間違っているんじゃないかと不安になることもありました。
でもそれは勉強嫌いを助長させるだけだと、息子が中学校を卒業した今だから確信をもって言えます。周りには親に強要され塾に週3通い詰めても成績が伸びない子、意欲のない子も沢山います。
世間では、「小学生時代に家庭学習や宿題をしないと勉強の習慣が身につかない」などとよく聞きますが、小学生時代を宿題も家庭学習もせず外遊びをしてのびのびと育った息子は、小学生時代に詰め込まなかったからこそ余力というか勉強へ向かうパワーがあって、自ら勉強をしていました。
中学生時代も変わらずテストの結果には一喜一憂せず、息子が勉強を頑張っている姿や努力している過程は大きく認めて、「頑張っているね、素晴らしいね」と声をかけてきました。
中学生時代は想像以上に成績が伸びた3年間でした。
毎回の定期テストのたびに少しずつ得点が上がり、校内順位も少しずつ上がっていったので息子は「やれば出来るんだ」と感じたようで、自ら学校のワークやDKRの課題に取り組んでいました。
特に英語は好きで得意科目になり、DKRのオリジナル教材があったからこそだと感じます。高校入試でもやはり英語が一番高得点でした。
小学生時代のどんぐりだけではなく、中学の3年間を素晴らしい仲間と共に、DKRで過ごせたのはとても有難かったです。せっかくのびのびと小学生時代を過ごしたのに、中学生になったとたんに急に詰め込み学習になることなく、伸びやかな中学生活が送れたと思います。
また中学時代で息子が頑張れた一因は、聡子先生との信頼関係がしっかりとあったことです。 先生との信頼関係と成績は大いに関係してくるように感じました。
「聡子先生が自作してくれた教材なんだからちゃんとやりたい、聡子先生がooと言っていたからその通りに勉強してみる、聡子先生が言っているんだから間違いない」などと家で言っていることは多々ありました。
勉強法で、学校の先生と聡子先生のアドバイスが異なっている時は聡子先生のアドバイスを信頼していると言っていました。
これは先生がいつも息子と真摯に向き合ってくださったこと、先生の子どもたちに向かう姿から息子が感じとったことで、先生と息子が長年かけて築き上げた信頼関係なのだと思います。 親はその信頼関係を崩さないように、邪魔しないように寄り添うだけで良いのだと思います。
これといった目立った反抗期はなく、中学の3年間も学校でのことや友達のこと、思っていること等沢山親子で話して過ごしました。
優しく、思いやりのある子だと担任や他クラスの先生からも言ってくださることが多くありました。
校外学習の際、先生から「支援を必要としている子と○○君(息子)を同じ班にさせてもらいました、 ○○君は優しく相手の気持ちが考えられるのでよろしくお願いします」と連絡をいただいたりもしました。
また好きな相対性理論の話をワードでまとめて日直のスピーチを長々と楽しんだり、どんぐり仲間と英語のメールを送りあったり、数学の難しい問題も粘り強く解いている中学生活でした。
勉強が出来ればよいのか、 自分さえよければいいのか、そんなはずは無いです。
周りの皆と仲良く出来ること、優しさや思いやりを忘れないこと、人生を豊かに楽しむこと・・・そんな一番大切な力をどんぐり式の子育てで育んでいただいたのだと思います。
聡子先生から何度も伝えていただいた「子どもは絶対悪くない」の言葉は、これからもずっと大切にしたい言葉で、親としての自分の在り方が映し鏡のように子どもの在り方なのだと感じます。子どもに変化を望むなら親の私自身が変化しないといけないと子育ての日々は反省を重ねた日々でもありました。
反省を重ねて色々なことを考え、息子と乗り越えた日々は宝物で、どんぐりに出会う前の自分と今の自分を比べたら、ずっと人間らしく大人になれたと感じます。
息子と私にとって聡子先生は最高の恩師です。
初めて聡子先生にお会いした時の、真っすぐで偽りのない凛とした印象は昨日のことのように、はっきりと思い出されます。
本当に私たち親子をここまで導いて下さり、ありがとうございました。
またイベント時は、ぜひ親子で参加させていただけたら嬉しいです。
少しでも多くの親子が、どんぐりと聡子先生に出会えることを願っております。


(聡・後記)
ご夫婦連名での手記を寄せてくださいました
子育て中に何度も訪れた親としての葛藤、でも、ぐっとこらえて見守り続けたことが具体的に書かれていて、胸に響きました
不安になると面談の予約が入り、いつも、とことんお喋りをしました
最初は「大丈夫なんでしょうか」というような言葉から始まり、不安そうな表情でも、帰るときにはいつもすっきりとした顔をなさっていたのを思い出します
高校受験期は優しくのんびり構えてばかりはいられないので、厳しいこともお伝えしました
でもそれは、小学校1年生からの生徒さんとの関係はもちろん、何かの時は話し合ってきた親御さんとの関係もベースにあったからできたことでした

中学生になる前、私はこの保護者さんに言いました
とっても、とーってものんびりした子だったので、どんぐりの進化ものんびりでした
だから、独学支援スタイルのDKRに入ったとしても、大人がぐいっと関わらなくてもぐんぐん自力で伸びていく、という「典型的」などんぐりっこのようにはならないかもしれない、と
今思えば、どうしてあんなことを伝えたのか…でも正直、中学生になったら成績に悩むのではないか、と予想していたのです
だから、大事なのは点数だけではなく…という話も念を押すようにした記憶があります
子どもが中学生になると、数値化される我が子の状態(成績)に一喜一憂してしまうのが一般的な親御さんの特徴なので、どなたにも、そのような覚悟を伝えるのですが…

でも、結果として、入学当初から3年生になるまでの成績はうなぎ登りでした
のんびりどんぐりさんは、中学3年間で自力でぐんと逞しく成長したんです
3年で全県模試を受け始めたとき、出てきた偏差値にびっくりしてしまいました
1年生の頃はやっとこさ解いていたDKRのDONGLISH教材も、こつこつ続けているうちに、1度でほとんど正解してしまうほど正確に解けるようになっていました
日記やインタビュー形式など、英文を自由に書かせる教材を工夫してたくさん作ってきましたが、間違いを恐れず辞書を引きながら紙面が埋まるほどの英文を綴ったりしていました
その時、思い出したんです
そうだ、この子は勇気がある子だった…

生まれて初めてのスキーを教えた小学生の時、
午後にはひとりでスイスイ、なかなかかっこよく滑っている姿を見て、
自分で自分の体をコントロールする能力と、その能力を信じて失敗を恐れず、勇気を持って挑戦し、どんどん力をつけていく、希望に満ち溢れる様子を、
私は見たことがあったのでした

失敗を恐れない
人生はリカバリーの連続
トライ&エラー
自分で考える
なんとかなる

それは、インドア派だったはずのお母さんと、物知りで器用なお父さんと一緒に、
キャンプや自然遊びを中心とした子ども時代を過ごした中で得たものなのかもしれません
みんなで砂鉄取りにはまったとき、
家に持ち帰った砂鉄を何度も「精製」して純度の高い砂鉄を作ったり
チャークロスを作って火起こしをしたり
五右衛門風呂やりたいな~と私が言ったら、「磨けば使える釜がある」と言ってくれたり
今では珍しい製麺機でうどんを打つのを教えてくれて、
みんなで作って食べたり
そんなご両親でした

いろいろな素敵な経験をさせてもらったのは私の方です
大人なんだけど、ついつい夢中になっちゃうんだよね
そんなご両親を、そんな私たちを、彼らはずっと見てきたんだと思います

だから、自分も、自分の人生を切り拓いた
卒業の挨拶に来てくれたとき、そんな目をしていました

勉強が出来ればよいのか、 自分さえよければいいのか
これは、常に子どもたちに語りかけているメッセージのひとつではありますが、
彼の周囲への優しさ、思いやりは、ご両親に包まれ、守られ育んできた彼の本質なんだと思います

かけがえのない子ども時代の思い出は、
一生、その子を守り続けるお守りになります
自然の中で
手作りの楽しみの中で
お金をかけたら簡単に買えるような「楽しみ」に頼らず、
親も夢中になって一緒に過ごした日々は、
きっと、永遠に子どもを包んで守り続けるでしょう

【2022年度 どんぐりDK卒業文集⑧ 保護者手記(3)父母より】