過干渉の私が子供への接しかたを考えさせられた出会いでした。
今思うと、学校の小テストでさえも親子で頑張っていたかと思うと、あのままいったら私も疲れ、子供も思う高校にいけなかったら親のせいにされていたでしょう。
あのとき、気づいたから、その時一緒に頑張れる仲間がいたから
私も変われ、私が頑張れたのだと思います。
うるさく言わない、成績気にしない、
見てみぬふりしながらみている
子供が帰ってきたら一緒に遊ぶ為にスピード家事
環境設定は、うちの場合かなり大変でしたが振り返ってみると
乗り越えてられたのは、どんぐり仲間がいたからでした。

あの1番良い時期に娘K(新大学1年生)がどんぐりに
出会え、今こうして多くの大人の中に支えられ、
今多くの事に感謝しながら
過ごせていられるのは、聡子先生に出会えたからです。

出産前マタニティ教室で友人ができ、その友達の影響で
(自然派)保育園で土、水遊びの大切さ、リトミックの楽しさを教えてもらいました

リトミックがしたくて、公民館のPの会(私が以前スタッフをしていた子育て支援のNPO)でM先生に出会い、絵本、子育てについて、食育について子育ての沢山の事を教えてもらいました
そのNPOの活動に参加していたら
こども劇場に出会い、ボードゲーム、工作の楽しさを知りました。Tくん(新高校2年生のどんぐり卒業生)からのKB(工作のせんせい)との出会い

だからどんぐりも導かれたのかもしれませんね。

だから、娘Kに何か塾をと思った時
どれだけ環境設定が大切か、自然遊びが大切かは理解は早かったと思います。

ただ、頭では分かっていても
変えるの大変でした。
あの頃、聡子先生が担任の先生にあてた手紙と脳科学のデータをコピーしてくれたので、毎年家庭訪問前に手紙を書いて提出していました。
でも最初の頃はまだ私自身、自信がなかったせいか
先生にダメですと言われるとそうですか
となりました。

それが息子K(新中3の弟くん DK生)の高学年の時には、私自身もマシーンのプロ、どんぐりっ子も成長し、
その頃には、友だちに言われてもはっきり言えるようになり、息子Kも心も強くなり
そうなると、月日が解決したのか
宿題制限がすんなりと通ってしまいました。

もしかして、子供がお腹にいる時にどんぐりを知ったら、お母さんは苦労しないのかもしれませんね。

思えばうちの場合
4年の娘K、算数の文章問題を解いていて
頭で考えられない、何も考えられないと言葉を発した時
思考力停止サインがわかった時
糸山先生のブログをみて
なんとかしなくちゃと思いました。
究極でした。

子供のサインに気づいたから、 
これではいけない、今のままではいけないと強く思ったので
時間はかかりましたが、
環境設定できたのかもしれません

こにある環境、出会い、縁があっての今があるように思います。

改めて、ありがとうございました
また今度とも宜しくお願いします
(どんぐりDK卒業し、この春大学生になる娘、どんぐり→DK3年生になる息子 母)

※DK卒業生は教室の席があいていれば参加費無料で教室で勉強できます
くらや図書室の利用もできます
この娘Kちゃんは弟くんが通っているのもあったけれど、高校生になっても近況を手紙で知らせてくれたり、弟の送迎についてきて話しに来てくれたりと、ずっとつながっていた卒業生です
大学選び、将来のこと、悩んでいる過程も、受験を決めた過程も、全て、伝えてもらっていたので、進路を決めたときはとても嬉しかったです※


仲間が近くにいないんです、
子どもの遊び仲間も、親として共感し合える人にも、出会えないんです
という悩みは多く寄せられて、
私が現地へ行って仲間作りの手伝いができればなあ、という構想は随分前から練っているんです
たとえば私が出張アナログゲーム会&教育相談座談会みたいなのを開いて、
近くの人同士がその場で語り合えて、知り合えて、連絡先を交換し合えたら、
次からは私がいなくても一緒に話したり、子ども同士を一緒に遊ばせたりできるよなあって
子ども同士も一緒に遊んじゃって

でも、誰かのそういう企画を待っているだけじゃなくて、
いろいろな場所にどんどん出ていく、
出て行って、その場所で、あ、話せるかも、っていう人を探す、
それもとても、親になると大事なことだと思っています
かく言う私はそういうのが本当に苦手で、
変な時間に仕事をしていて、普通の子育てママたちと時間も話題も合わない、と決め込んで、避けていたのもあります
たまにママ友と子ども連れで遊ぶ、なんてのに行ってみると、好き放題お菓子を食べさせたり、車の中でアニメを見せたり、カフェで歩き回らせ、騒がせてもへっちゃら…と、いろんなママさんがいていちいち心臓がズキズキしてしまって、すっかり遠のきました
自分が悪いんだ…自分のこだわりが自分を孤独にさせてるんだ…
と、思っていたら、次の世代に子育てを始めた友人達もなんとなく、似たような経験で胸を痛めていることに気づき、それなら、と内輪ではあるけれど、どんぐり内で仲間作りをしちゃえばいいんじゃん、って行動を始めたんです
その前に、この保護者の方も書いてくださっている、NPOの子育て支援で昼間、少し働いていた時、やはり、その組織も子どもにはデジタルメディアじゃなくて絵本と手遊びと外遊びだよ、っていう方針だったので、似たような感覚の親が集まって、そこで初めて、ああ、この人達となら仲良くなれそう…と感動したのも覚えています
それでスタッフ兼利用者になっていったし、私に「なんでも手作りできるよ」と教えてくれた友人ともそこで出会いました
私の主婦としての生き方の方針をがらりと変えてくれて、何十倍も楽しいものにしてくれました
(リップクリーム、カレールー、石鹸、ベーコン、味噌、とにかくなんでも作ってしまう友人でした)

DSSのイベントでも、最初は保護者さんたちをどうしましょう…とスタッフの間でも悩みは尽きませんでした
自然遊びは危険と楽しさの紙一重です
保護者さんたちが一緒だと、なかなか子どもに望ましい経験をさせてあげられないなあ、と悩むこともありました
でも、長く続けてみるもので、最近では、子どもがこの場でどのような経験をすべきかわかっている方が増え、さらに、ただただ保護者同士のおしゃべりが楽しい、って言ってくれる人も増えてきました
たぶん、子どもは子どもで活動に集中し、それを見守るスタッフと、おしゃべりしながらも目を離さないたくさんの保護者さんたちがそれぞれの立ち位置を守れるようになってきたんだと思います
そして、どんぐりを基本方針に取り入れている保護者しかいない、っていう状況に、ものすごく安心して、心強く思う、と言ってくれるのです

この、Kちゃんのママたちはどんぐり学舎のあと、近くの広場や公園で真っ暗になるまで子どもを遊ばせ、親たちはおしゃべりをする、というのを毎週の習慣にしていました
その中で、それぞれの学校のこと、家族のこと、そして、子どもたちのことをたくさん、たくさん話してきたようでした
悩んだ時に聞いてくれる人がいて、共感してくれたり、自分の経験から助言をくれたり、まさに、「友達」なのですが、そういう存在がいつも会える場所にいる、という心強さは、なかなか認知されないどんぐり的な子育てを実践し続けるためにはとても大切なことですよね

マタニティ教室から始まって、
ずっと、このママさんは、ちゃんと色んな場所へ足を伸ばしています

「仲間がいないんです」「誰もいないんです」
と相談してくる方によくよく聞いてみると、
ただ、待っている
という方のなんと多いことか
公民館事業とか、市の事業とかに行ってみたことは?……ない
自分で発信してみたことは?……それもない
どんぐりをやっている人を探そうとしたことは?……ないない

まずは一歩外に出てみたら
そして、
子育てのこと、話せる場所を探して、
あ、共感できるかも、って人との出会いを求めてみたら

ずっと孤独だったママさんが、
DSSイベントに初めて来たとき、言っていました
「こんなにたくさん、いるんですね」
そうなんです
普段は会えない遠くの方です
遠路はるばる来てくれた方です
でも、ここには仲間がいて、
どんぐりも知ってて、
環境設定も頑張ってて、
話の前提が、要らない
あー、来てよかった…と興奮気味に帰宅して最初にしたことは、
自宅を拠点に、どんぐり仲間を増やす、という試みでした
それまで、近所のママ友や、保育園、小学校の保護者仲間とも、
あまりにも変わっている方針だから、とどんぐりのことは隠していたそうです
なんで塾に行かないの?
なんで習いごとしてないの?
と聞かれて、説明するのもとても難しく感じていたそうです
でも、
なぜか、
群馬で仲間に出会って、日常的に会えるわけでもないのになぜか、
ひとりじゃない
って急に思った
そして、
堂々と言えるようになった
私、どんぐりやってるの
どんぐりってこれこれこういうものなの
だから塾も行かないし、習いごともしないの
ゲームも買わないし、テレビも必要ないんだよ

その後、
そのママの周囲には、「なにそれ?教えて」っていう人たちが少しずつ集まってきているそうです

仲間って、遠隔でも存在意義があるんだ!
驚きました

息子Kくんとの教室での時間は残り1年となりました
どんぐり時代は悩んだこともあったけど、
思った通り、中学生になってからの息子Kくんの成長もめざましいです
来年、
息子K君の卒業手記を寄せてくださることも楽しみに
こちらこそ、本当にありがとうございました
いい出会いと、感動を
ありがとうございます