どんぐり学舎DKRoom卒業しちゃうんだな・・・
これが今の私の本音です。2年前に息子が卒業、今回は娘が卒業。通算11年通った聡子先生の元から親子とも巣立たねばなりません。わが子を毎週見てもらうことがなんと有難かったかと感じています。
そして卒業手記として特段書けることは無いような気もします。
受験生だったこの一年も他の卒業生ご家族同様、特段力んだところもなく、何かを控える?ようなこともなく、いつも通りでしたし、第一希望にむけてガツガツしている様子も見えなかったです。親としても今まで通りで、あれをやったかこれをやるべきかと悩んだりあくせくすることも皆無で、娘の希望が叶うといいなと思いつつ元気に当日受験できるようにマヌカハニーとかR1とかを朝食に出すくらいしかしていません(笑)

何かの参考になるかわかりませんが、娘のどんぐりライフを思い出して書いてみます。
どんぐり学舎に通うようになった兄の送迎で毎週どんぐり学舎の様子を垣間見ていた娘(当時年中さん)は「私も早くあのお部屋でお勉強したい!!」といつも言っていました。幼い頃から兄とくっついて遊んでいた娘は常に兄のあとを追っていきたいタイプで、兄のすることやできることに憧れを持っている子どもでした。(それは今も同じかも。)なので年長さんになるとすぐ待ちに待ったどんぐり学舎に通い始めました。
暮らしは、テレビもゲームももちろん無い生活、お粗末三点セット宿題も最初から無し。やるのはどんぐり学舎でのどんぐり問題のみ。小学生時代は毎日兄妹でほぼ一緒に遊んでいました。お互いの学年の友人や近所の子と一緒に遊ぶことが多かったです。どんぐりの後のどんぐり仲間との公園遊びも毎週定番で楽しみでした!真っ暗になるまで遊び続けて、母たちはおしゃべりして、懐かしい思い出です。(たっぷり遊ぶために、夕食を早めに作っていたな~、帰ったらすぐご飯食べてお風呂入って眠れるように。)

小学生時代の「自主勉」もノートも作らず提出せずでしたが、6年生の時だけ(この先生ならいける!と娘が思ったのでしょう)担任の先生への難問作成を自主勉と称して頑張っていました。毎日クイズや問題を考えてノートに書く、朝先生はそれを楽しみにしていてくれて一日かけて難問の回答を考えてくれる。そんな交換日記のような自主勉ノートを娘は今も大切にしています。
兄が中学生になった後、とにかく夜眠るときにお話を読んでほしい娘は、岩波少年文庫の本をあれこれチョイス。結果私と娘でたくさんの物語を共有することになりました。時に二人で号泣し、時に二人で怒ったりハラハラしたり、これは振り返ってみても宝物の時間でした。おすすめです。

中学では女子テニス部に所属、女子同士のいざこざやクラスでのいざこざでヘトヘトになることもあるようでした。とにかく下校後は愚痴も彼女の思いも受け止め一緒に考えるスタンスで向き合ってきました。どうにもこうにも学校に行きたくない!と一度だけズル休みもしました。そのズル休みが彼女の中で勲章になっているようで、あのズル休みがなかったら皆勤賞だったね!でもズル休み記念日はきっと毎年忘れないね!と日付までしっかり覚えて大切にしています。勉強面は3年間親として淡々と受け止めるだけでした。テスト後のコメント欄も「見ました!」もしくは娘が書いたことを受けて、「応援しています」ぐらいのことしか書きませんでした。

高校受験はやはり兄の通う高校に行きたいと担任の先生に言うほど、兄のあとを追っていきたいタイプです。しかしながら兄は男子校なので残念ながら受験叶わずでしたが(笑)
あれこれ考えた末に第一希望を秋冬ごろに自分で決めて、そこからは自分なりに頑張っていたのだと思います。娘は英語が苦手だと常々言っていました。3年生になってすぐに学校の英語の先生から朝一緒に勉強しますか?とお申し出をいただき、喜んで毎朝一番に登校して英語の補習をしていたようです。第一希望受験前日にその先生から娘がお手紙をいただき、私にも読ませてくれました。そこで、娘が一年間一度も休まず、先生の言われた課題をきっちりやり遂げていたことを初めて知りました。
無事第一希望に合格することができましたが、補習は卒業式前日の朝まで続けていただいたようです。

こうやって振り返ってみて、私もこの11年で変化したなと思います。
最初は「こうあらねば!!」とか「こういう子に育てなくちゃ!!」とか親として責任感みたいなものが先行していたように思います。またわが子にむかって「あなたは〇〇〇〇なんだから!」などと何も思わず口走って傷つけていたこともあります。でもどんぐり学舎に出会い、聡子先生に出会い「どんぐりの理論」のことを知り、たくさんの仲間に出会い、時間を共有し、いっぱい話し、少しずつほぐれていったような。

どんぐり学舎に子どもだけでなく親である私も育ててもらった気がしています。
聡子先生に親子を近くで見てもらっていたことや聡子先生が発信するものを読み込んだり、おススメしてくれた本を読んだりしながら、どうしたらいいのかな?と考えること工夫をすることを少しずつ体得してきた気がします。まだまだ終わりじゃないですけど。

親のふんばりどころは、子どもが小さいうちで環境設定は特に大切だと思います。
そこを譲らず、邪魔をせず、楽しんで生活していればおのずと子はすくすく育つのかもしれないなと思います。わが子が高校生になった今、ふんばりどころは早起きしてのお弁当作りぐらいだなと思って、楽しむ予定です(笑)

また座談会を開催する際はお邪魔したいです。
経験上、おしゃべりしながらヒントが得られること間違いなしです。
聡子先生、これまで11年間親子共々どうもありがとうございました!!
これでまた「友人」に戻れるなってわくわくしています。
聡ちゃんこれからもよろしくね♪

サトより
社会人になってから知り合った、
独身時代からの友人は、いつの間にか私の同級生と結婚していて(笑)
少し年齢は違うけど、ほぼ同世代の子どもを授かりました

それまでも色んな話をしてきたのだけれど、
私がちょっとだけ先に始めた子育てに興味を持ってくれて、共感してくれて、
どんぐりも、いいね!って言ってくれて、
本当に、今思えば、私自身の(いっぷう変わった)子育て中の、数少ない共感者、協力者のひとりでした

お互い、赤ちゃんを抱えている頃は少し離れたところで暮らしていたので、
いわゆるママ友事情やなんかで悩んだり、困ったりしたのを打ち明け合ったり…
たとえば、ママ友集合でファストフードに集まって、作った離乳食を持っていったら変な反応されて…みんなはポテトとか平気で食べさせるのよぉぉぉ…といったような…
食生活をとても大事にしている点など、共通点が多く、安心できました
別に、周囲を批判しているのではなく、
自分が好きなこと、自分が大切にしていることに、共感してくれる人がいる、似た価値観を持っている人が近くにいる、ってとても心強く、幸せなことだと思います

小学校入学と同時に私の住む町に越してきて、それからはご近所さんになりました
(旦那さまが同級生で、私と同じ地域で育った人なのでね)

子どもたちはとても賢く、逞しく成長していて、
私の子どもたちとも子ども時代はたくさん一緒に遊んで、一緒に過ごしてきて、
教室にもずっと来てくれていたので、卒業してしまうのは本当に寂しいです

でも、これで、また友人に戻れます
卒業した子どもたちにとっては、
近所に住んでるママとパパの友達のおばちゃん、に戻れます

いつも、
仕事で保護者さんの相談に乗るとき、私は前置きします
先日も、オンライン個別相談のとき、初対面の保護者さんに、いつもよりしっかりお伝えしました

“私が友達だったら、
「だいじょうぶだよ」「そんなことないよ」「じゅうぶん頑張ってるよ」などと一生懸命励まし、共感するだけで、勇気づけるだけで、いいんだと思います
でも、私は仕事上、プロとして、子どもの成長、子どもの発達の観点から、そして、思考力を健全に育んで、その子が自分の人生を生き生きと楽しんで生き抜くために、親がすべきことと、すべきでないことを明示しなければなりません
そのために、厳しいことも言わなければなりません”

と、いうようなことを
なぜ、「いつもよりしっかりお伝えした」のかというと、
少し前の面談で、
言われたからです

私が厳しいことを言わなければならなくて、最近の親御さんの思い違いの傾向というか、私が懸念していることを伝えたとき、
「お母さんたちだってみんな頑張っているのに、そんな言い方はないんじゃないですか」と

そうなんです
そんなのわかってるんです
だから、厳しいことを言うのは私自身も胸をえぐられるほどつらいです
淡々と心を動かさずに言っているように見えたのでしょうか
メールの場合なら、吐き捨てるように適当に投げやりに攻撃的に書いたと思われているのでしょうか
そんなはずがあるわけないんです
でも、
それを言われたとき、「しまった」と思いました
すごく素敵な方だったので、話がぽんぽん弾んで、その方に対して言いたかったことではないのに、なんとなく傾向として口にしてしまったいわゆる苦言のようなものでしたが、私は、なにしてるんだろ…、と一瞬反省したのです
あーあ、私が一番なりたくなかった「怖いおばちゃん」「怖い先輩ママ」みたいなヤツ、なりかけてしまっているのかな…
そう思ってかなり落ち込みました

それから1ヶ月近く、ずっと考えていました
みんな頑張っている
みんなよかれと思っている
みんな子どもを愛してる
そんなときに限って、目にする新聞の特集や、本などに、
まるで私にヒントを与えるかのようなものが目につきます
そして、結局戻ってくるのです
いつもと同じ結論に

私は、友達じゃないんだ
うんうん。頑張ってる。大丈夫だよ。
って、否定せず、問題点かも、って思うことも指摘せず、
ただただ、受け入れていればいいわけじゃないんだ
そして、
友達なら、本当の友達なら、
一緒に背負っていく覚悟もできる
もし、友達だから言わなきゃならないことがあれば、
その友達を心から大切に思っているなら、
言うだけ言って逃げるようなことはしない
一緒に乗り越える
それが友達だもん

でも、
仕事の相手は、保護者さんは、私がプロとして相談を受ける保護者さんたちは、
友達ではないんだ

早期教育をさせてます
泣くまで教え込んでも、覚えません
どうしたらいいでしょうか

大丈夫、大丈夫
そのままで頑張って

習い事で忙しく、子どもと外遊びもできません
ワンオペで疲れていて、毎日怒鳴ってしまいます

大丈夫、大丈夫
そのままで頑張って

夫と子育ての話ができません

大丈夫、大丈夫
そのままで頑張って

仕事が忙しくて、子どもとゆっくり過ごせません
毎日読み聞かせなんて無理だし、
毎日料理を作るなんて無理です

大丈夫、大丈夫
生活水準も下げられないし、キャリアも大事にしなきゃね
そのままで頑張って

そのままで……

そんなの、友達でもないな
書いていて思いました
ほんとの友達ならもっと図々しく割り込んでいって、
私にできることはないか!!って詰め寄っちゃうかも
いずれにせよ、
私はプロとして、正論を言わなきゃならないこともある
でも、
各ご家庭で事情があることもわかってる
お母さんが頑張ってることなんて、百も、百万も承知の助
だって私もお母さんだもの


話は、卒業手記に戻りまして、だから正直、
友達の子を預かるのは辛いこともありました
私はどっちに立てばいいの?と悩むことが想定できます
だから、
敢えて線引きをしていた部分もありました
でも、友達だし、って甘えた部分もありました
ゴメン

どんぐりは特に、生活そのものが影響する、生活そのものがとっても大切な教育論です
友達が私を信頼してお子さんを預けてくれたものの、
そこらへんの境界が曖昧になってしまってうまくいかなかった例もありました

でもこの御家庭とは、
きっと、お互いにその境界線をしっかりと守れたんじゃないかと思いました
だから、
子どもたちはみんな、すくすくと育ちました
子どもたちも私を、ただの、ママとパパの友達のおばちゃんから、聡子先生として見てくれて、そして、また、元の私に戻してくれそうです
戻りたかったのをわかってくれそうです

それにしても、こんなに丁寧に子育てをすれば、
あんな風に育つよねえ、そりゃ!っていうくらい、
豊かに、賢く、立派に成長しているこの家庭の子どもたちです

子どもが小さい頃だけ、ぎゅっとね
それを合い言葉に、
一緒にがんばってきたよね

夫婦でしっかり話し合って、思い切り楽しんできたよね

これからもお互いの子どもたちみんなが、
それぞれの人生を満喫する様子を、
楽しんで見守っていきましょう

またワインを飲みましょう
そろそろ、飲みましょうね
卒業おめでとう
そして、長い間、私を信じてくれて、どんぐりを信じてくれて、
ありがとうございました