元NHKの清川輝基先生が『子どものからだは蝕まれている!』というNHK特集をディレクターとして制作したのは、1978年のことでした
日本体育大学の体育研究所と一緒に、1950年代の子どもたちと比較して明らかにおかしくなっている子どもたちのからだについて調査して制作した番組だそうです
子どもの異変に気づいたのは、清川先生がNHKに入社して福岡放送局に配属になってすぐに創立に関わった子ども劇場の活動のさなかだったそうです
清川先生が大学を卒業したのが1964年、子ども劇場創立が1966年ですから、まだ若いNHK職員の時代だったのがわかります
会社員をしながらの子ども劇場の活動の中で、子どもたちと自然の中でキャンプしたり、遊んだりしながら、異変に気づいた若き清川先生
さて、当時、私はまだ産まれていなくて、清川先生と日体大が特集をまとめた頃にようやく幼児期を終え小学生になろうとしている頃だったのでした
清川先生の始めた「子ども劇場運動」が全国に波及し、ついには、私の生まれ育つ群馬県にも届き、幸運なことに私は、高崎子ども劇場の全盛期の間、ずっと子ども時代を幸せに、刺激的に過ごすことができました
なにしろ、私が所属していた頃にはかなり大規模な「全国大会」まであって、私も何度も参加しているのです
同じ小学校やクラスに何人もの「劇場の子」がいて、全国大会で知り合った「劇場の友達」が他県にもたくさんいたのです
でも…
えっ…
ちょっと待って
1970年代にもう、子どもに異変があったと、子どものからだが蝕まれている、と、NHK特集になるほど、見過ごせない状態が表れていたと
現代の話じゃなく、私が生まれた頃にはもう、それが問題になっていたのだと
今、子育てをしている若い親御さんたちにとっては、ご自身達が生まれてもいない、知るよしもない時代から、すでに、子どもを取り巻く環境はおかしくなっていたのです
なんで?
昭和の子どもって、今よりずっと自由で、伸び伸びしてて、なんならネットもゲームもないし、子どもは勝手に育つってくらい、いい時代を過ごしていたんじゃないの?
そう、思う方も多いと思います
清川先生よりたぶん20歳くらい年下の、糸山泰造先生が子どもの異変に気づいたのも、「どんぐり倶楽部」という外遊びのグループを作った頃でした
当時はすでに、ゲームはあったかと思います
でも、糸山先生が気づいた異変と、清川先生が気づいた異変には共通点があります

先週の土曜日、たぶん4度目になる清川輝基先生の講演会に私はまた行ってきました
隣の長野県に現在はお住まいの清川先生ですが、群馬には縁があって、毎年来てくださっているようです

清川先生は、その経歴から、国内のあらゆる教育関連の方々との繋がりをお持ちです
省庁の役人さんから医師会の方々まで、清川先生のこれまでの活動を語る上で欠かせない存在は多くいらっしゃいます

だから、著書にも書けない情報を、講演会では包み隠さず話してくださるのですが、それらをここに全て書くのも清川先生の貴重な講演の内容を侵害することになりますので全ては書けません
でも、当日配布された資料を、拡散して大丈夫、とのことだったので冒頭に載せました

さて、なんとなくモヤモヤする、1970年代の子どもたちが、なぜ、むしばまれていたのか?という問題に戻ります
そこを知ることが、実は、現代の子どもたちの置かれている環境を考える上でとても大切なんだ、と私は講演後にずっと考えています

まず、イメージしやすいので例を挙げると、
バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』という絵本をご存じの方は多いかと思います

自然豊かな広大な丘の上にぽつんと可愛らしく建ったちいさいおうちが、
時代とともに変わっていく周囲の環境の中、ギリギリまで存在し、ついには…
そういった絵本です
1970年代初頭は、高度経済成長の終盤に当たります
都会はもちろんのこと、私の住む地方都市でも、工場が建ち、ビルが建ち、住宅が増え、道は舗装され、空き地にはフェンスができて…私は地方都市の新興住宅地で生まれ育ったので、アスファルトに蝋石で落書きしたり縄跳びもしたりしてなんだかんだで楽しく過ごしていましたが、隣の農村地帯で育った夫は、同級生であるにも関わらず、家の前の舗装されていない小径で虫をとり、護岸されていない小川で魚をとって遊んでいたのだそうですから、地域差は大きかったのだと思います
大きなお店やビルが建つことは「発展」ですから、多くの人に歓迎されたことでしょう
道が整備され、自動車がたくさん走ることももちろんです
いかにも、国が豊かになり、元気になっていく、そんなムードがあったんだと思います
でも、
子どもの遊び場、それだけに焦点を当てると、どうでしょう
高度経済成長期の最後の年に生まれた私はまた、団塊ジュニア世代でもあるので、子どもの数の多さがものすごかったので、道路で遊んでいても車より子どもの方が強い(図々しい)くらいでしたが、そんな特殊な住宅街という環境以外では、普通、道路で子どもが遊ぶことや、舗装されていない地面を走り回ること、生き物を追いかけて遊ぶこと、空き地で草野球をしたりかくれんぼや追いかけっこを暗くなるまですることが、誰にでもできたか?というと、もうそんな時代ではなかったのです
子どもは、自由に外で遊べなくなってきた、というのが始まっていたのです

清川先生は、子どもの情緒の発達について敢えて分析したり、多くを言語化したりせず話してくださっているように聞こえます
情緒や心の発達については、目に見えてわかりやすい資料にまとめるのが難しいし、調査に主観が入りやすいからではないかと思われます
でも、誰が見ても明らかな異変、それが清川先生が長期に渡り懸念している異変、それが、「子どものからだ」つまり、まず、「足」そして「目」だというのです

舗装されていない場所を裸足で走り回る子ども時代と、
舗装されて歩く場所まで制限されている道路を歩く子ども時代、
または、ほぼ歩かずとも暮らせる時代、
それだけを比較しても、「どっちのほうが足が強くなるか」誰にでもわかります

遠くにいる誰かを追いかけたり、広い場所で鬼ごっこやかくれんぼ、虫や魚を目をこらして探す子どもと、体を動かさず、小さな画面を見つめるだけで数時間を過ごす子どもの、「どちらの目がいまでも健康を保てるか」誰にでも想像がつきます

1970年代に調査したのはそれらのことでした
1950年代の子どもと比較して、明らかに歩行歩数が減っている
足や、目や、耳が、急激に衰えている、と当時結論が出たのです

世の中はどんどん便利に、楽しく、豊かになっている
でも、子どもが自由気ままに遊び回り、勝手に心身を頑丈に育てていた当たり前の環境が、どんどん狭められていったのです
それを、清川先生は当時の番組内で『現代文明の副作用』と名づけました

自由気ままに遊び回ることを許されなくなってきた子どもたちは、どうなっていくのでしょう
私が10歳のとき、任天堂からファミリーコンピューターが発売されます
小学生の遊びはファミコン中心になっていきました
その頃、そろばんやピアノやスイミングなどの習いごとも流行しています
ディズニーランドもできました
だって、子どもの数がとんでもなく多いのですから、商機なんです
子どもたちは、お金に関わらない自由で気ままで子どもらしい遊び場を取り上げられ、大人の経済の餌食になっていった、ということがよくわかります
ファミコンでなら、
画面に映る自分の操作するキャラクターでなら、冒険もできる、スポーツもできる、格闘だってできる
もう、外でする必要はありません
それでもまだ、
今よりはずっと、子どもの遊べる隙間はありました
ファミコン好きでも、外遊びもまだまだ人気で、公園では大騒ぎできたし、前述したように、農村では市内でもまだ自由に駆け回れる自然環境が残っていたのです
それでも、子どもの遊び場は、時代とともに、加速度をつけてなくなっていきます

それまで外でふらふら歩き回ったり、駆け回ったりしていた子どもたちが、どっかりとテレビの前に座ってゲームをし始めたらそれは、足の力はなくなるし、目だって悪くなります

それが、私が子どもの頃の子どもたちの育っている環境でした

いま、
ゲームやネットに没頭する子どもたちが、
なぜ没頭して離れられなくなってしまうのか、
なぜ約束の時間を守れず、親に逆らってまでやめないのか、
それは、
そもそも、子どもとは、自由気ままに好き勝手に遊び回りたい生き物だからです

外で生き生きと遊ぶ子どもたちを「いいね!」って思う人は多くても、家でひとりでネットやゲームに没頭する子どもを「いいね!」って思う人はあまり多くないかもしれません
でも、子どもにとってはどちらも変わらないんじゃないかと私には思えます
子どもにとっては、どちらも、自分を解放する楽しい居場所であり、子ども時代に必要なものなんじゃないか、と

今日はここまでにしておきます
子どもたちの本来の姿
遊び場がなくなっていったこと
とにかくいつだって、子どもたちは探しているということ
大人に邪魔されず、自分だけの世界を満喫できる遊び場を
それがいま、どこにあるのか?どうしてそうなってしまったのか?
大人は真剣にそれを考え、知っていなければなりません

じゃあ、ゲームだってネットだっていいじゃない
子どもが楽しんでいるならいいじゃない

…ではないんです

出生率の低下(子どもが少ない)
それなのに、子どもから若者の死因の1位が自殺(先進国で日本のみ)
不登校過去最多
身体能力の低下
思考力の低下
視力の低下

子どもの遊び場が変わって、子どもが電子画面に触れることで、
子どもがこうなってきてしまった、と言える科学的根拠は世界中で発表されており、諸国は対策を練っているのに、何もしない日本

次は、そのことについて、清川先生のお話を思い出しながら、考えて書いてみようと思います

以下は、過去に私が書いたブログ内容です

おんなじことばっかずっと書いてます…

 

2019年7月に書いた清川先生の講演に関するブログ①

2019年7月に書いた清川先生の講演に関するブログ②

2019年7月に書いた清川先生の講演に関するブログ③

2019年7月に書いた清川先生の講演に関するブログ④

2022年11月に書いた清川先生の講演に関するブログ